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2024.2.09
「何となく俳優……」から大ジャンプ 古川琴音 プロ意識に目覚めた4年前の原点を語る
「飛ぶ鳥を落とす勢い」とは、今の彼女のことだ。古川琴音、27歳。NHK大河ドラマ「どうする家康」やNetflixシリーズ「幽☆遊☆白書」といった話題作に出演し、2024年は主演した「みなに幸あれ」(下津優太監督)が公開され、「言えない秘密」(河合勇人監督)も控えている。
「雨降って、ジ・エンド。」は、デビューから1年ほどたった19年9月に撮影された。自主製作映画で躍動する姿に、初々しくも大器の片鱗(へんりん)がうかがえる。4年超を経ての劇場公開。今作への思いや、デビュー当時と現在の心境などを聞いた。
「雨降って、ジ・エンド。」
自主製作の「雨降って、ジ・エンド。」公開
手がけたのは、監督・脚本を担当した高橋泉と俳優の廣末哲万による映像制作ユニット「群青いろ」。04年の「ぴあフィルムフェスティバル」でグランプリに輝くなど、自主製作・自主上映を中心に活動している。
古川演じる日和(ひより)は、派遣のアルバイトで働きながら、写真家を夢見る等身大の女性だ。ある日、雨宿りをしていたところ、ピエロの格好をした雨森(廣末)に遭遇。反射的に撮った彼の写真をSNSにアップすると、大反響を得る。さらなる「いいね」と写真家へのチャンスを求め、日和は雨森に再び接触し、密着取材の日々をスタートさせる。2人を中心とした軽快な会話劇が笑いを誘い、序盤から観客を引き込んでいく。
「将来のビジョンない主人公と重なった」
日和は、はっきりとした自分の考えを持てず、なぜ写真をやりたいのか、何を撮りたいのか分からずもがいている。古川は日和について「何となく写真が好きで続けているけれど、将来的にどうなりたいのかビジョンがなくて『あわよくば有名になれたらいいな』という程度。そんな日和の曖昧さは、当時の自分に通じるところがたくさんあった」と語る。
古川は立教大4年生だった18年に現在の所属事務所のオーディションを受けて芸能界へ入った。中学、高校で演劇部、大学でも演劇サークルに所属し、役者はその延長線上にあったが、「『ドラマに出てみたい』とか『いつか映画に主演できちゃったりするんじゃないかな』という漠然とした気持ちで『絶対に自分の人生のゴールはそこだ』という強い意志があったわけではなかった」と明かす。ぼんやりとした淡い夢を抱く若者という共通点から、今作の日和という役をつかもうとした。ちなみに、もし事務所のオーディションに受かっていなかったら、周りの学生と同様に就職活動をするつもりだったという。
濱口監督の現場で「土台を見つけた」
19年は、古川にとって俳優業の中で大きな意味を持つ年となった。7月に今泉力哉監督の「街の上で」(21年公開)、9月に今作「雨降って、ジ・エンド。」、そして12月には第71回ベルリン国際映画祭で審査員大賞に輝いた濱口竜介監督の「偶然と想像」(21年公開)と、名だたる監督たちの名作へ立て続けに出演を果たす。
「それまではアマチュアとして演劇をやっていたけれど、それが映像の世界になり、プロの世界になり、全てが初めて。たとえキャリアが短くても、現場に入ればプロとして尊重されて、私の表現を見たいと思っていただける一方で、任されているもの、背負っているものが違うということに気づいた時期でした」
撮影前に俳優と感情を排した本読みを徹底することで知られている濱口監督の現場では、「今の自分の土台を見つけた」と語る。三つの短編によるオムニバス「偶然と想像」のリハーサルでは、台本には描かれていないアナザーストーリーを(架空の)ワンシーンとして演じたこともあった。
「役づくりを監督と一緒にしてもらった感覚」だとした上で、「カメラの前でいかに自由になれるか。そのためには、どんな状況でも、例えばでんぐり返しをしていても、口が勝手に動いてセリフを言えるような状態にしておく必要がある。それによって(演技する)相手の出すものに反応でき、自由になれる。そのノウハウを一から教わりました」と振り返った。
自問しながら「生まれてきちゃいけない人って、いるんですかね」
今作の日和は当初、雨森を「利用したい」との思惑で近づいた。でもいつの間にか、彼のユーモアによって常に楽しく自然体でいられる自分に気づきはじめる。そんなほんわかとしたコメディー調の物語は、後半から様相が変わっていく。
雨森はかつて小学校教諭で妻子がいたが、ある深刻な問題を抱え苦しみ、家族とも別れていた。雨森は日和に、秘密を打ち明けてこう言う。「私は母親のおなかの中にいるときから不良品なんです」。それは犯罪につながる可能性をもはらむ問題だった。日和は「気持ち悪い」と泣き叫び、逃げ出す。日和の心境を古川はどう受け止めて演じたのか。
「雨森さんのその部分は、どうしても理解できないです。でも、日和は雨森さんを『どうにかしてあげたい』とも考える。その葛藤には共感しました」と言葉を選んだ。
劇中、日和が仲良しの職場の先輩へ「生まれてきちゃいけない人っているんですかね」と問うシーンがある。古川は「大多数とは違った感覚で生まれる人がいるのは事実じゃないですか。ただ私は、そういう人が『生まれてきてはいけない』とはなってほしくない。一方で、もしもその人物が自分の大切な人を傷つける存在になったとしたら、私も『生まれてきてほしくなかった』と思うかもしれない。すごく勇気がいるセリフでした」と相反する複雑な気持ちを吐露した。
「監督の想像力をかき立てる存在に」
タブー視される問題を扱いながら、俳優陣のコメディーセンスと、脚本も担った高橋監督の演出によって鑑賞後の後味のいい作品に仕上がった。
「タイトルは『雨降って、ジ・エンド。』ですが、普通だったら、『雨降って地固まる』ですよね。そこをお客さんがどう捉えるのかな。自分のことが分からなかった日和は、雨森さんと出会ったことで、次第に自分の色を見つけていく。コミカルで楽しい部分と衝撃的な部分と余韻を残す終わり方、そういう全部を含めて好きです」
撮影は4年以上前。映画にテレビにCMと露出は増え、役柄の幅は広くなっている。この先、どんな役者像を見据えているのか聞いてみた。「高橋監督は、私のことを『この台本そのものの人に会った』と言ってくださった。それがすごくうれしくて。なので、今後もいろいろな監督にとって、想像力をかき立てられるような、そういう存在でいられたらいいなと思います」。日本を、アジアを代表する役者になる日も遠くなさそうだ。
2月10日から東京・ポレポレ東中野ほか順次全国公開。