「2度目のはなればなれ」を撮影中のオリバー・パーカー監督とマイケル・ケイン、グレンダ・ジャクソン

「2度目のはなればなれ」を撮影中のオリバー・パーカー監督とマイケル・ケイン、グレンダ・ジャクソン提供写真

2024.10.10

マイケル・ケイン引退作 たとえ負け戦でも戦争の罪を語らなければ「2度目のはなればなれ」

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勝田友巳

勝田友巳

「2度目のはなればなれ」は、現代に続く戦争の記憶と夫婦の深い愛情を描いた、いかにも英国らしい味わいの物語。期せずして、英国の2人の名優、マイケル・ケインの引退作にして、グレンダ・ジャクソンの遺作となった。オリバー・パーカー監督は「戦争を新しい物語として語り継ぐために、2人の役割が大きかった」と振り返った。


 

ノルマンディー上陸70年式典のために海を渡った89歳の元海軍兵

2014年、英国の老人介護施設にいた89歳の元海軍兵がノルマンディー上陸から70年を祝う式典に出席するために、一人でこっそり施設を抜け出してフランスへと渡った。男性を捜索していた警察官が真相を知って「偉大なる脱走」としてSNSに投稿すると、メディアの間で大騒ぎとなる。その出来事の映画化だ。

施設を抜け出したバーナードは「ハンナとその姉妹」(1986年)、「サイダーハウス・ルール」(99年)で米アカデミー賞助演男優賞を受賞し、近年は「バットマン」の執事アルフレッド役でも知られるマイケル・ケイン。その妻でバーナードの冒険を後押しするレネを、「恋する女たち」(69年)、「ウィークエンドラブ」(73年)で同じく2度のアカデミー賞主演女優賞のグレンダ・ジャクソンが演じている。

名優2人の〝最後の作品〟

「マイケルの起用は、早い段階でイメージしていた」とパーカー監督は振り返る。バーナードは戦争中に仲間を死なせた後悔と、それを共に乗り越えてきた妻レネへの思いを抱えた人物だ。「マイケルは驚くほど早くイエスの返事をくれました。最近はカメオ出演はあったものの大きい役はなく、この作品は挑戦だったはずです。もっとも妻役を誰にしようかと相談したら『監督はあんただ、自分で決めろ』と。映画ビジネスのことをよく分かっていて、余計な口出しはしない人。セットでも本当に紳士でした」

グレンダ・ジャクソンは50年代から舞台や映画で活躍し、一時期国会議員を務めるなど政治活動に専念した後、演技に復帰した大ベテラン。「舞台に復帰したグレンダが素晴らしかった。重層的でニュアンスに富んだ演技で、正直、ここまで素晴らしいとは想像していませんでした」

ケインは33年、ジャクソンは36年生まれ。「高齢の2人だから、健康管理には気を使いました。でも2人とも、虚栄心がないんです。この作品は真実性が重要で、テーマの一つである老いについて、マイケルもブレンダもウソっぽいところには敏感に反応してくれました」。ジャクソンは英国公開を前にした23年6月に亡くなり、ケインもこの作品の撮影後に引退を表明。2人にとって最後の作品となった。「撮影中は、むしろマイケルの方が体調が良くなく、グレンダは元気でサポートしてくれていたのですが……。彼女は演じることで生命力を得ていたと思う。2人が演じてくれたことは、本当に恵まれていた」

ノスタルジーでも賛美でもなく

ノルマンディー上陸は第二次世界大戦の流れを決定づけた作戦だったが、映画の中に戦争懐古や英雄賛美は感じられない。バーナードばかりでなく、旅の途中で彼が出会う若い戦傷兵もPTSDに苦しんでいる。「そこが脚本の核心で、驚いたし感心しました。感傷的な話にならず、違うところに目を向けていた。脚本家も自分も、父親が戦争の後遺症に苦しんでいて、戦争の傷を癒やすには何十年もかかると知っている。映画の帰結は老夫婦のロマンスで、見かけは甘くてシンプルかもしれない。でもそこまでには紆余(うよ)曲折があり、複雑で異質な世界が掘り下げられているんです。マイケルとグレンダのおかげで、一層深くなりました」

戦争体験をいかに語り継ぐか、日本でも大きな課題だ。「この作品では、介護士で夫婦の担当をしていたアデルが鍵だった」と語る。はっきりとは示されないものの、アデルは幸せとは言えない恋愛をしていて、どこか人生を倦(う)んでいるが、バーナードの失踪を機にレネとの間に共感が芽生えていく。「レネとバーナードの過去を知ることよって、戦争の傷痕に気づく。アデルは、バーナードとの愛に満ちた関係と接したことで、世界を見る目が変わる。若い世代の瞳を代表しているんです」

語り続けることが大切

一方バーナードは、ノルマンディーのパブに集まっていた元ドイツ兵たちと遭遇、敵味方の関係を超え、戦争で傷ついた者同士として共感の道を開く。パーカー監督は「empathy」と表現した。「この場面は象徴的でした。互いに持っていた偏見を、対面した瞬間に脇に置いて、深く温かいエンパシーを共有する。エンパシーはこの作品の大事な一面で、人間関係の重要な要素なのでしょう」

過去を題材とした映画に、現代的な息吹を持ち込んだ。「物語に今日的なエネルギーが通っていることは重要です。人々は今、ウクライナやガザの戦争に直面して、戦争がいかに暴力の連鎖を招き、大きな傷を残すかを実感していると思います。世界は断絶し、人間性をないがしろにして壊滅的な状況に陥っています。過去の出来事を新鮮な物語として届け、語り続けることが大切なのです。そうした努力は負け戦のようですが、それでも続けることが重要なんです」

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

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