「西湖畔に生きる」のグー・シャオガン監督

「西湖畔に生きる」のグー・シャオガン監督下元優子撮影

2024.10.07

〝山水映画〟「西湖畔に生きる」 偽りの私から本当の自分へ グー・シャオガン監督

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鈴木隆

鈴木隆

中国映画「西湖畔(せいこはん)に生きる」は、グー・シャオガン監督の2作目。長編デビュー作「春江水暖~しゅんこうすいだん」は、中国の伝統的な風景画である「山水画」の世界を映画で表現しようとした「山水映画」で、カンヌ国際映画祭などで世界的に高い評価を受けた。「西湖畔に生きる」はその第2巻というが、みかけは大違い。前作の評判に甘えず、マルチ商法を題材にし、プロの俳優を起用するなど新たな挑戦をしている。グー監督に創作への思いを聞いた。

 
最高峰の中国茶・龍井(ろんじん)茶の生産地、西湖のほとりに暮らすタイホアと息子のムーリエンが主人公。タイホアは山で茶摘みをしてムーリエンを育てるが、茶畑の主人と懇意になったことで追い出されてしまう。ムーリエンも仕事が見つからず、タイホアは元同僚の女性に誘われ違法ビジネスの闇に落ちていく。釈迦の十大弟子の1人、目連が地獄に落ちた母を救う仏教故事「目連救母」をヒントにしたオリジナルの物語だ。

クライム映画組み合わせエンタメ要素も

グー監督は数本のドキュメンタリー映画の後、初の長編劇映画「春江水暖」を撮った。「撮り終えてから新しい映画言語の可能性に気づいた。『西湖畔に生きる』では、インディペンデントな作りではなく、主役級の俳優を使い商業的な映画作りを勉強したいとも考えた」と話す。

「〝山水映画〟で映画言語だけを追求するのではなく一つのジャンルにするには、エンタメ性やマーケットを考慮する必要があった。ジャンル映画では観客のことを考えなくてはならない。〝山水映画〟と〝クライム映画〟を組み合わせ、新しい撮り方を模索した」

チャレンジした感触はどうだったのか。「挑戦の途上だが、山水映画に何ができて、何ができないか、その極限がどこにあるか試した。出資者がこの思いを信頼し賛同してくれた。2本撮って自分なりに輪郭が見えてきた。3作目の脚本も見えつつある」と次作への自信もうかがわせた。

人間の命、哲学を探究することが目的

そもそも山水映画とは何を指しているのか聞いた。「まずは、人間の命の最も大事なところ、あるいは、そうした哲学的なものを探究するのが山水映画」と定義し、作品ごとに具体的に説明した。「『春江水暖』は命の循環や輪廻(りんね)がテーマ。『西湖畔に生きる』は他人にコントロールされている偽物の私から脱出し、本来の自分に戻れるかがテーマだ」。構想を練っている3作目でも同じテーマにするという。「自分というのは水に映った月のようなものだが、それがいかに天上の月に回帰することができるか、すなわち、本来の自分に戻ることができるかを描きたい」と話した。

山水映画のもう一つの基準は「映画言語」。「山水画の原理に沿った手法や技術のことで、『春江水暖』は長回し、『西湖畔に生きる』では航空撮影を使った。ともに元々ある手法や撮り方だが、山水映画を探求するうえで効果的と判断した」というのだ。

マルチ商法を前面に提示したのは、人間の精神のコントロールを描くのに最適な題材と考えたからだ。「マルチ商法は中国では少し前にはやり、私の親戚も数年前にはまった。今最も大きな社会問題の一つとはいえないが、人間の精神を表現するのに視覚的にも最適だった。洗脳場面が何回か出てくるが、詐欺というより人間の心をコントロールし、次第に自分を見失っていくさまを描写できた」と話した。

伝統と現代をつなぐ

山水画は元来、山岳、河水、樹木など自然の風景を題材として描いた絵で中国古来のもの。2本の映画は現代的な事象、問題を盛り込んでいて、山水映画といってもなかなかイメージしにくい。「伝統と現代性は、山水映画を撮るうえで最も重要だ。自然と本物の私の対照が一つのテーマだが、直感的な理解では、伝統はより自然と近しく、神的、神秘的なものをあがめる気持ちにつながる。人間は伝統的に大自然の一環として存在していたが、現代では物質的な文明による無限の欲望によって動かされている」

グー監督は現代的な問題を絡めた理由を続ける。「タイホアは欲望で自身を見失い、魔物のようにもなってしまう。しかし、古代に戻ろうと言いたいのではない。古代にも戦争はあり、寿命は短かったしエアコンもなかった。精神的な面で伝統とつながることができるのではないかと考えた。哲学の本も山水の絵も、昔は宮廷でしか見られなかったが、今はネットを通じてアクセスできる。まさに現代文明のいいところ。テクノロジーを使って古代と結びつきつつ、魂の安寧を獲得できると考えた」

「素晴らしい、もう1回」

グー監督は取材中も常に穏やかで口調も柔らかい。「撮影現場でも同じか」と尋ねると、「俳優さんは少し恐れているかも」と話した。取材や撮影に同席した妻は「口調は優しいが主張は変えない。洗脳場面でも俳優さんにやんわりとした言い方で、きついお願いをしていた。ワンテーク撮り終わると『素晴らしい、いい演技だった』と言うが、必ず『もう1回押さえておこう』とよく言っていた」と振り返り、グー監督も笑顔を浮かべた。

タイホア役にジアン・チンチン、ムーエリン役にウー・レイと人気と実力を備えた俳優を起用した。「『春江水暖』の出演者は俳優ではなく親戚たちで、本当の生活の様子をそのまま映したが、今回初めて人物を創り出す経験をした。2人とも豊富な経験に裏打ちされた豊かな演技を見せてくれた」。2人は「春江水暖」を好み、認めてくれたという。「彼らとの信頼関係が、想像もしていなかったような演技を可能にしてくれた。今回、俳優は、技術だけでなくチームの力によって演技を生み出す、可能性に満ちた存在だということも分かった」

この作品はコロナ禍の中で企画が始まり、当初は製作資金を集めるのが大変だったという。「厳しい状況の中で俳優も出資してくれた。一つの芸術作品を一緒に作ろうという気概とともに出資者にもなってくれた。私たちは普通の、監督と俳優以上、戦友のような関係を築いたし、私自身の成長も手助けしてくれた。この映画に魂を差し出してくれた」と満面に笑みを浮かべて感謝の言葉を口にした。

(C)Hangzhou Enlightenment Films

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ライター
鈴木隆

鈴木隆

すずき・たかし 元毎日新聞記者。1957年神奈川県生まれ。書店勤務、雑誌記者、経済紙記者を経て毎日新聞入社。千葉支局、中部本社経済部などの後、学芸部で映画を担当。著書に俳優、原田美枝子さんの聞き書き「俳優 原田美枝子ー映画に生きて生かされて」。

カメラマン
下元優子

下元優子

1981年生まれ。写真家。東京都出身。公益社団法人日本広告写真家協会APA正会員。写真家HASEO氏に師事

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