「蛇の道」の柴咲コウ=玉城達郎撮影

「蛇の道」の柴咲コウ=玉城達郎撮影

2024.6.17

「〝すてき〟と想像してしまったら、そこに追いつくしかない」 柴咲コウ「蛇の道」

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勝田友巳

勝田友巳

まばたきをせず無表情で、まっすぐ相手を見つめ呪文のようにフランス語の言葉を注ぎ込む。黒沢清監督の「蛇の道」で柴咲コウが演じた小夜子は、パリに住む日本人医師にして冷酷な復讐(ふくしゅう)者だ。全編ほぼフランス語で、「イヤな感じだけど、つい見ちゃう」黒沢監督の世界に、ピタリとはまった。



イヤな感じ、でも見ちゃう ジャンル分け困難

高橋洋脚本、哀川翔主演で1998年に公開された同名作品を、黒沢監督自ら再映画化した。オリジナル脚本を基に、舞台をフランスに移し、主人公も男性塾講師から女性心療内科医に変更。柴咲の主演は黒沢監督の指名だったという。脚本を読んで「面白かった」。「〝リベンジサスペンス〟みたいなプロモーションだけど、むしろジャンル分けしがたくて、えたいの知れない、イヤな感じだけどつい見てしまう、そういう空気感の作品になるのかなと」。カルト的怪作の98年版も「依頼を受けて、わりとすぐに見た」。あくまでも別の作品という意識だったそう。「性別も関係性も違うし相手役はフランス人。何十年も前の作品を監督があえて描き直そうとしている。新しいものとして捉えました」

小夜子は表向き、ごく普通、穏やかな心療内科医だ。しかし裏では、娘を殺されたバシュレ(ダミアン・ボナール)の復讐を手助けしていて、標的の男を拉致、監禁し拷問する。自転車で職場と自宅を往復し、立ち寄った監禁場所で標的を追い詰める。日常と暴力的な非日常の境目のない接続が、黒沢作品らしい。

「小夜子は、もう少し特徴のある人を想像していました。まっ黒な髪のボブカットで、白衣を着てさっそうとしている、といった。でも実際には、その辺にいる感じ、溶け込むことを求められていた。衣装やメーク、髪形にも表れていると思います。それで、自転車をこぐときも何考えてるかよくわかんないけど、さっそうと通勤する小夜子が出来上がりました」

「蛇の道」© 2024 CINÉFRANCE STUDIOS – KADOKAWA CORPORATION – TARANTULA


小夜子は善とも悪とも言い切れない

標的に向き合うときは無表情でまばたきもしない。バシュレにも隠した思惑を持ち、時折、すごみのある表情をのぞかせる。そこにあるのは、怒りか憎しみか。「それを超越する何かみたいなものも。人は他人には話さなくても、時にはものすごくひどいことを想像するじゃないですか。リアルに行動を起こすかどうかの違いだけだと思うんです」

「女性の登場人物は少ないし、日本人だし、フランス人男性に囲まれて慣れないフランス語を話している。それでも周囲を指揮しているという雰囲気が出ればいいなと思いながら、でもそれが意識的になるとつまんなくなっちゃう。ちょうどいいとこを探っていた感じです」。かくして「蛇のような目つき」の女が出来上がる。「ミステリアスで魅力的、善とも悪とも言い切れないキャラクターで、そういうものがあると教えられる物語かな」



フランス語への挑戦 楽しそう

フランス語は話せなかったが、フランス語での演技は障害ではなく、むしろ魅力。「フランス語を話す、フランスに行ける、楽しそうと思ったのも役を受けた理由でした。憧れの都市で、長い期間滞在したい場所だった。大きな挑戦だけれど、脚本の力もあったし、フランス語で、フランス人俳優とやりとりができたらすてきだなと想像してしまった。そしたら、その想像に追いつくしかない。引き受けないわけにはいかないっていう感じ」

数年前にNHK大河ドラマに出演した時「3行だけのフランス語のセリフに苦労した」というが、今回は黒沢作品らしく、長回しのワンカットも多いからセリフも長い。フランス語を読むことから入り、発音の微調整を3カ月ほど集中特訓して臨んだ。「千本ノックみたいに、日本人にとって難しい発音を何遍も練習しました」

また海外でやってみたい?と聞いたら「思います、思います」と即答。「お芝居は自分というフィルターを通して体現、表現するもの。自分自身は変わっていなくても、新鮮に思っていることで、また違うお芝居の風味が出るかなと、演じながら感じていました。 日々、そこはかとなくアドレナリンが出てるみたいな。 なかなかないんですよ」



ずっと新鮮 あっという間の25年

2023年に、デビュー25周年。スカウトされ高校時代に、思いがけず芸能界に飛び込んだ。「きっかけは本当に偶然みたい。望んで始まったわけではないにしろ、好奇心とか欲求の増幅の仕方がものすごく大きくて、しかもそれが絶えず起こっている。私の性格に合っていたんでしょうね」。テレビ、映画に途切れず出演。「いろんな現場を渡り歩いて、仲良くなったと思ったら、2カ月でお別れして新たな現場に行く。一期一会の生活で、飽きることがない。役柄の人物を通して成り代わって、ずっと新鮮でいられる。25年はあっという間だったとしか言いようがないですね」

歌手としての活動も、20年を超えた。こちらも興味があるかどうかを聞かれて「まあ好きだけど」と返事をしてから。「もうちょっと鍛えれば」とレッスンしたが、3カ月でリタイア。「ダンスとか集団行動に向いてないんでやめますと」。それでもその後、機会に恵まれてCDデビュー。「それも本当に偶然で、良かったなと思います」



作る方へ 準備着々

長く演技と歌の両方で活躍し、16年に自身で会社を設立。「ファンの期待にできるだけ応えたい。スケジュールは2年後、3年後を見ながら組んで、最近は年末はツアーと決まってきた。出演する作品は出会いだし、40代の女性には難しいところもある。自分でも納得できないと着手できない。フレキシブルに時間割を作っていくっていう感じになっています」

表現者としては「作る方が好き」という。「例えば作品を撮る側になるとか、そういう 欲求モードになっています。年代的にも、そろそろ裏方として育成する基盤を作りたい」。会社設立もそのあたりを視野に入れているとか。いよいよ「柴咲コウ製作」作品も間近かも。「そうしていきたいですね、思いとしては」。「チョロチョロ」動き始めているそうだ。

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン
ひとしねま

玉城達郎

毎日新聞

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