「星くずの片隅で」のラム・サム監督=提供写真

「星くずの片隅で」のラム・サム監督=提供写真

2023.7.29

コロナ禍も政治的苦境も、信頼と愛があれば生き抜ける 「星くずの片隅で」ラム・サム監督

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鈴木隆

鈴木隆

国家安全維持法の制定、民主化デモ、新型コロナウイルスの感染拡大などに襲われた香港。格差社会と孤立感が広がる中で愚直なまでにまっすぐに生きようとする香港人の今を切り取った映画「星くずの片隅で」が公開中だ。香港では上映禁止になった「少年たちの時代革命」(2022年日本公開、レックス・レンと共同監督)のラム・サム監督単独長編デビュー作。香港アカデミー賞(金像奨)などで高い評価を受けた新世代の旗手ラム監督に、演出や香港で映画を作る思いについて聞いた。


 

困難を抱える人たちに勇気を与える映画を

20年、コロナ禍で静まりかえった香港。「ピーターパンクリーニング」の経営者ザクは、車の修理代や品薄の洗剤に頭を悩ませつつ、家や店舗などの消毒作業に追われていた。ある日、ザクの元に派手な服装のシングルマザー、キャンディが職を求めてやってくる。キャンディは娘ジューのために慣れない清掃の仕事を頑張るが、客の家から子供用マスクを盗んでしまう。ザクは顧客を失ったもののもう一度チャンスを与え、キャンディも心を入れ替え仕事に打ち込むが……。
 
映画の構想は18年の初めごろ。コロナ禍もなく、政治運動も激しくなる前だった。「脚本のフィアン・チョンさんと話し合い、人と人との関係性にフォーカスした作品を作ろうと考えた。ただ、香港は人の出入りが多く、不安定で落ち着かない部分もあった」。社会や政治の変動は予想すらせず、構想の背景にはなかった。「給料が安いとか労働時間が長いとか、家賃が高いとかの問題はずっと前からあって、コロナ禍や政治運動によって表面化した。コロナ禍の時期に撮影をしたが、作品本来のエッセンスとは関係ない」と言い切った。
 
ラム監督は「撮影は香港自体が大きく揺れ動いている時期で、ネガティブな感情がまん延していた」と話す。それでも、映画の核心は「人と人との関係性を見つめなおし、愛を感じてもらうこと。生活がつらくても何とか生き続ける力を与えたい、というのがこの作品を作った本来の理由」と語る。
 

「星くずの片隅で」©mm2 Studios Hong Kong

恋愛とは違う関係性

映画は後半、ザクとキャンディが大きなトラブルを経て再会する。「お互いを強く意識しながらも、結婚や同居というような形をとらない」とラム監督。2人の恋愛、関係性がちょうどいい感じになったところで映画は終わる。結末は頭にあったようだが、ザク役のルイス・チョンとキャンディ役のアンジェラ・ユンに、2人は結ばれたほうがいいか聞いたという。
 
「当初、ルイスさんは『結ばれてもいいんじゃないか』という考え。一方アンジェラさんは『シングルマザーで生活も経済的にも困難で子供もいる。実際にこうした状況にある人が恋愛しようとするだろうか』と言っていた。結局、結ばれない方向になった」
 
その結末にはもう一つ理由があった。「映画は2人の関係性、愛をテーマにしているが、恋愛ではなく、見知らぬ人との間の信頼や関係性に思いをはせる作品。2人が結ばれたら、ザクはキャンディを無条件に愛していることになり、作品の趣が変わってきてしまう。2人は信頼関係を築いて違う意味で愛し合うことができると見てほしかった」。キャンディをシングルマザーに設定したこととも関わっていて「片親の環境は一般家庭に比べ頼れる人が少ないし、生活もより困難。香港にもそうした家庭は多くある」と理由を説明した。


服装、美術、撮影で温かみ演出

香港の街自体も映画を構成する大きな要素になっている。シャッターが下りた店や客のいないレストラン。人や車がひしめき合う道路や街角はない。雑踏と喧騒(けんそう)は香港のイメージの一つだが、それに代わって静寂と孤独が街を支配している。「撮影がコロナの時だったから、街に人は少なく、人がいない香港は新鮮だった。カメラを動かさずに活気のなさと街の静けさを演出するように撮った。映画の冒頭でザクが、キャンディと娘を初めて窓越しに見るシーンなど、窓を使った描写を多くした。窓の枠を使って人々が囲まれているイメージ、困難にさいなまれている感じを出したかった」
 
ザクもキャンディ母子も困窮を強いられるが、映画全体のトーンは不思議に温かく穏やか。「朝早くや夜遅くなど、人がより少ない環境で撮影したが、冷たい感じの色あいのため、あえて人に色を付けた。キャンディと娘ジューの服装や母子の部屋の中を、ピンク系など明るい色調の設計にした。人は困難な中でも生き続けることができる。命の温かさのようなものを見せたかった。作品作りで最も注力した部分の一つだった」
 
色調だけではない。「例えばカメラの構図。キャンディの部屋の中の撮影では、可能な限りカメラを役者に近づけて撮った。逆に、クリーニングの仕事のシーンは、冷静で安定したカットにこだわりメリハリをつけた。私生活がより温かく感じられるように撮り方を変えた」。幼稚園のクリーニングの仕事が終わって、ザクとジューが遊ぶシーン。「カメラは動きながら2人を追う。活発さや生き生きとした感触が伝わっていればうれしい」


香港人を描き続けたい

ルイスとアンジェラはほぼ出ずっぱりの好演だったが、どんな要求をしたのか。「ルイスさんはこれまで、コメディーや動きのある役を演じることが多かった。でも、ザクはあまり自分(の感情)を表さない内気なキャラクターなので、抑え気味に演じてもらうようにお願いした」
 
アンジェラは一流ブランドのトップモデルでもある。「香港では内気で静かな印象だったので、キャンディのキャラクターに合わせるために、過去のイメージをすべて捨てるように話した。スラングでしゃべったり、怒鳴ったりするのも大いに歓迎した。2人とも予想以上の演技で応じてくれた」
 
22年からロンドンに移住して活動している。今後の映画作りへの思いを聞いてみた。「『少年たちの時代革命』も本作も、香港の現状の中で、自分が信じるものを貫く映画作りができた。これからも変わらず、香港人に関係する映画を作っていきたい。それは香港にいる香港人だけではなく、海外に出た人たちかもしれない。どんな困難があっても突破口はあるし、おびえることなく何かができるのではないかと思っている」と力強く話した。

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ライター
鈴木隆

鈴木隆

すずき・たかし 元毎日新聞記者。1957年神奈川県生まれ。書店勤務、雑誌記者、経済紙記者を経て毎日新聞入社。千葉支局、中部本社経済部などの後、学芸部で映画を担当。著書に俳優、原田美枝子さんの聞き書き「俳優 原田美枝子ー映画に生きて生かされて」。

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