パオロ・タビアーニ監督=提供写真

パオロ・タビアーニ監督=提供写真

2023.6.28

名匠タビアーニ兄弟 弟パオロが「兄と撮りたかった」歴史劇 「遺灰は語る」

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勝田友巳

勝田友巳

 イタリアの名匠、ビットリオとパオロのタビアーニ兄弟。カンヌ国際映画祭パルムドールの「父/パードレ・パドローネ」(1977年、日本公開は82年)、日本でもヒットした「グッドモーニング・バビロン」(87年)など、80年代のミニシアターブームの中で多くのファンを魅了した。「遺灰は語る」は、兄ビットリオが2018年に88歳で亡くなった後、弟パオロが初めて単独で監督した作品だ。 


 

伊ノーベル賞作家の遺灰を巡る物語

イタリアのノーベル賞作家、ルイジ・ピランデッロがムッソリーニ政権下の36年に死去したが、遺言に従ってその遺灰が故郷シチリアに戻ったのは10年後だった、という史実を元に物語を創作した。遺灰を運ぶことになった特使は、軍用機に乗ろうとすると兵士たちが遺体と飛びたくないと離陸を拒否され、仕方なく列車で移動中に骨つぼを見失いそうになる。モノクロの映像に、ユーモアとペーソスが込められている。
 
ピランデッロはイタリアの国民的作家で、タビアーニ兄弟の「カオス・シチリア物語」のエピソードのいくつかは、彼の短編が原作だ。「ピランデッロの存在はとても大きい」とパオロは言う。
 
「『カオス・シチリア物語』の最後のエピソードで、岩の上の少年たちの姿にモーツァルトの曲が流れる場面は、最高の到達点だったと思う」。「遺灰は語る」は、「カオス・シチリア物語」に入れようと構想したアイデアに端を発するという。「ずっと作りたかった映画だったんだ。ビットリオと一緒にね」


「遺灰は語る」© Umberto Montiroli

1カットごとに亡き兄を振り返っていた

映画を志すきっかけは、46年に兄ビットリオと見た、イタリア・ネオレアリズモの代表作「戦火のかなた」(ロベルト・ロッセリーニ監督)だった。「実際に自分で経験したばかりの戦争がどういうものか、この映画を見て気が付いた。衝撃だった」。以来70年にわたり映画の道を共に歩いてきた。
 
「2人で監督する際には1シーンごとに交代で担当して、1カット終わる度にビットリオを振り返って確認していたんだ。自分では気付かなかったけれど、助監督から今回もそうしていたと指摘されたよ」


円環描く大胆な仕掛け

「遺灰は語る」には、大胆な仕掛けが施されている。白黒で語られたピランデッロの遺灰の物語が幕を閉じると、エピローグとしてピランデッロの遺作となった短編「釘」が鮮やかなカラーで始まるのだ。
 
「前半は、ピランデッロがノーベル賞を受賞した時代だから白黒。でも色彩を爆発させたかった」。「釘」は少年が唐突に少女を釘(くぎ)で刺す、衝撃的な内容だ。「後半は血が流れ、色彩にあふれた死になる。白黒は過去に関係し、色彩は現代に関連が深いのかもしれない」
 
鮮やかな対照を示すが、「前半と後半は、コントラストではない」と言う。「『釘』は死への恐怖と驚き、人生のグロテスクさを示して終わっている。ピランデッロはこの作品が最後とは思っていなかったはずだ。『釘』が彼が見た最後の風景になってしまったのだと思う」。「遺灰は語る」の冒頭、ピランデッロの死の場面へと円環を描くのだ。


フィクションが戦争の真実示す

前半部分で、ピランデッロのノーベル賞受賞場面ではニュース映像を使う一方、遺骨を運ぶまでの10年は「戦火のかなた」などイタリア映画の場面を引用した。「その10年の描写は省略しようかと思ったんだが、人類の歴史にとって重要な期間だからやはり回顧したかった。ニュース映像も挿入してみたけれど、映画作品の方が戦争の真実を示していると気付いたんだ」
 
映画は舞台の幕が開くところから始まり、喝采の音で終わる。「観客がいるのは劇場なんだ。そこを忘れちゃいけないとね」

 

映画は鳥のように移ろっていく

ファンタジー風の場面や目を奪うギミックは、リアリズムを追求したネオレアリズモから随分遠くに来ましたね。「ハハハ。『戦火のかなた』は素晴らしかったが、ネオレアリズモはある時代の運動だった。子供時代のように思い出すよ。映画は空を飛ぶ鳥のようだ。イタリアの上を飛んだら次はロシアに行き、フランスから日本にも渡っただろう」。映画運動はロシアアバンギャルド、ヌーベルバーグと常に移ろっていくのだ。
 
ローマの自宅と結んでのオンライン取材。「日本の小津安二郎のお墓参りをしたいね。尊敬しているんだ。黒沢明監督とはカンヌで会ったよ。『戦争と平和』を枕元に置いていると聞いていて自分と同じだなと思ったから、ある映画の場面を『トルストイからの引用ですね』と話しかけたらちょっとムッとした様子だった。でも後から『そうだよ』と答えてくれた。どんな監督もいろんなところから発想を得ているものさ」。90歳を超えて軽やかに明るく、冗舌。「次はオリジナルの映画を撮るよ」

「遺灰は語る」は、東京・新宿武蔵野館、大阪・シネ・リーブル梅田ほかで公開中。

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。