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2024.12.21
伊原剛志 丸暗記フランス語でイザベル・ユペールと共演「感情を乗せれば問題ない」 「不思議の国のシドニ」
フランスの大女優、イザベル・ユペールと「不思議の国シドニ」で共演した伊原剛志。東京国際映画祭での舞台あいさつでユペールから「ツヨシは謙虚すぎるわ! 彼がいなければこの作品は成り立たなかった」と言われるほど、フランス語を流ちょうに話し、作品をけん引した。外国作品への出演も多い国際派俳優は初のフランス語のセリフ、大女優との共演にどう挑んだのか。
フランス人作家が遭遇する日本
フランスの作家シドニ(ユペール)は、著書の再販を機に日本の出版社に招かれる。出迎えたのは寡黙な編集者の溝口健三(伊原)。サイン会や取材、記者会見をしながら京都や奈良、現代アートの聖地といわれる香川・直島をめぐる2人。
途中、シドニは不可解な出来事に遭遇し、亡くなったはずの夫アントワーヌが幽霊となって現れる。一方溝口も、妻との関係が壊れたことへの後悔と悲しみをシドニに告白。喪失感を抱える2人は、日本の文化や信仰、死者とのかかわりを通じて哀悼と再生、新たな愛の始まりを感じていく。
「不思議の国のシドニ」© 2023 10:15! PRODUCTIONS / LUPA FILM / BOX PRODUCTIONS / FILM IN EVOLUTION / FOURIER FILMS / MIKINO / LES FILMS DU CAMELIA
スカイプで特訓 長ゼリフもこなす
クリント・イーストウッド監督の「硫黄島からの手紙」(2006年)、ブラジル映画「汚れた心」(12年)など海外の作品に多数出演しているが、フランス映画は初めてだった。エリーズ・ジラール監督のオーディションは、19年に日本で面接の形で行われた。相手役はユペールと決まっていたが脚本はまだなかった。ジラール監督は起用の決め手を「いろんな日本の俳優に会い、みんな自分をピーアールしたり良く見せたりしようとした。しかしツヨシは自然体。そこが良かった」と話したという。
「当初はセリフがほぼフランス語であることも知らなかった。『俺、フランス語しゃべるの?』って感じ。『英語でできないか』と聞き返したこともあった」。知っていたフランス語は「ボンジュール(こんにちは)」と「サバ(元気)?」くらい。準備期間が4カ月あり、さらにコロナで1年延期になった。「監督とスカイプで30~40回、セリフのレッスンをした。細かいニュアンスを確認し、日本人には難しい発音も含めてひとつひとつブラッシュアップして撮影に臨んだ」。といっても「全部丸覚え。しかも、最終的にいくつかカットされた」と苦労の一端を明かす。
撮影現場ではセリフを話すたびに、監督や、日本語とフランス語の両方を話せるスタッフに「今の大丈夫?」と逐一確認。後半の長いセリフも乗り切った。「大変だったが、日本語以外の言語で芝居することや、そこに感情を乗せることに慣れていたので、何とかできた」と頰を緩めた。ユペールとの最初の芝居の時に、フランス語で話しかけられたという。「フランス語はできない、と英語で言ったら『エッ!』と驚かれて、少し自信がついた。周りの人が拙いフランス語をほめて、大丈夫と言ってくれたおかげ」と感謝する。「わりと『耳がいい』と言われている」ともう一つの武器も役に立った。
ユペールは気さく、すし好き
溝口健三は最初はぶっきらぼうで、セリフも棒読みの感じだ。「シドニが想像していた日本人のイメージとは大違い。自分が招待したのにもかかわらず、空港で出迎えた時からサッサと歩いていくし、サングラスをかけ少しミステリアス。何を考えているか分からない男だ」。ジラール監督の日本での実体験も参考に、心を閉ざした溝口の硬さを表現した。この映画、日本や日本人を描いた映画にありがちな無理解、勘違いといったとんでもなさがほとんどない。監督らのリサーチの成果だ。
ユペールについては「オンとオフの切り替えがはっきりしている。撮影中は完璧になり切っているが、終わればジラール監督らみんなで食事に行く。おすしが大好物。撮影から離れると大女優の威厳とかオーラは感じず、人懐っこかった」と話す。「お互いの役について話はしなかったが、ユペールと相談して『こう動いた方がいい』『こう動きたい』と監督に話したことはあった」
「ユペールとは(セリフの)いいキャッチボール、セッションがたくさんできたと思う」と満足げに語る。「彼女が料亭で食事しながら泣くシーンは僕と別々に撮っているが、映らなくても目の前にいる僕の目を見ながら長い芝居をしていたし、その逆に僕のシーンの時は彼女がいてくれた」。さらにこう付け加えた。「ユペールは幽霊とか祖先への思い、生まれ変わりといった日本的な考え方に違和感がなく、むしろ好きなくらいだった」
外国映画の撮影現場では、意見をはっきり言う
外国映画への出演に積極的なのはなぜか。「日本がどうこうではなく、外国での映画作りに参加したいと考えた。いろいろな国の人とできると思ったのは『汚れた心』から。スタッフもキャストも、映画が言語になっていると感じた。自分に合っているとも考えた。これからもチャンスがあれば、オーディションを受けに行く」と当然のように言葉が出てきた。話したこともないフランス語での演技、ユペールという大女優の相手役というハードルやプレッシャーはあっても「言葉は2次的に出てくるもので、その前の感情が大切」と考え方はシンプル。しかも経験値が高いから力強い。
「今回もそうだが、外国の撮影では『このシーンはこうしたいと思うが、どうか』と自分の考えははっきり言うことにしている。海外では意見を言うのは当たり前で、むしろ言わないと役について考えていないと思われる」と経験を生かす。
役名の溝口健三は、日本が世界に誇る大監督、溝口健二をもじった〝大役〟。「ジラール監督が『海外でもみんなが覚えやすい名前だから』と言っていたが、演じる方はあまり関係ないですよ」とさらりと話した。