「箱男」の石井岳龍監督

「箱男」の石井岳龍監督谷口豪撮影

2024.8.23

「箱男」は我々だ! 鬼才・石井岳龍がSNS時代を撃つ

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谷口 豪

谷口 豪

ようやく、時代が追いついた――。「逆噴射家族」で世界に名を知らしめた鬼才・石井岳龍監督の最新作は、安部公房の小説を原作とした「箱男」だ。段ボールをすっぽりとかぶり世界をのぞき見する男と、その存在にとらわれる人々。半世紀も前に、SNS全盛のネット社会を予見していたかのような小説の映像化は約30年前に1度、頓挫していた。くしくも安部公房生誕100年の今年、悲願を果たした石井監督は「現代だからこそ、映像化できたことに意味がある」と言う。


頓挫ものともせず「必ず撮る」

日独合作作品として製作が決まり、1997年にドイツで撮影を開始するはずだった。しかし、製作資金の問題でクランクイン前日に中止。その後、米ハリウッドの映画会社に権利が渡るなどしたが、映画として日の目を見ることはなく、幻と化していた。

27年という長い沈黙期間だったが、石井監督は「必ず撮る」と信念を貫き続けた。小説に描かれた箱男の強烈なキャラクターが琴線に触れたのが熱情の原点だ。「段ボールをかぶって、のぞき窓を開けているだけなのに、王様のよう。いかがわしくて変なのに、本人は至って真剣。そのチープで危険な姿に、心をつかまれた」。私はその言葉に、石井監督の作品「狂い咲きサンダーロード」を真っ先に思い浮かべた。主人公の仁は、右手足を失いながらも、漆黒のバトルスーツに身を包んで闘い続ける。ビジュアルのかっこよさはもちろん、どことなく哀愁の漂うたたずまいが、両作に共通しているように感じたからだ。


「箱男」©︎2024 The Box Man Film Partners

情報を選ばされている

今作はカメラマンである〝わたし〟(永瀬正敏)が、偶然目にした箱男に魅了され、自らも箱をかぶる。しかし、乗っ取りを計画するニセ医者(浅野忠信)や、箱男を完全犯罪に利用しようと画策する軍医(佐藤浩市) 、箱男を誘惑する謎の女・葉子(白本彩奈)――といった面々の思惑が複雑に絡み合う。

石井監督は「初めに撮影が始まろうとしていた90年代、箱男は特殊な存在だった。しかし今や、必死さや滑稽(こっけい)さも含めて僕らの映し鏡になっている」と指摘する。箱男のメタファーは現在になって白日の下にさらされた。「情報を選んでいるようで、実は選ばされている僕らは、箱の中にいるのと同じ」

スマートフォンを片手に、SNSで著名人だけでなく友人や恋人、顔も知らない他人のことまで監視する。時に彼らの言動や行動の正しさをジャッジし、称賛や批判を送る。自分の世界に閉じこもりながら、まるで神のように社会を見下ろす。それらの行為は、言いようのない快楽を生む――。私たちが生きる情報化社会に対し、劇中で箱男に気づいた男たちが異常なほど執着し、成り代わろうとすればするほど、自己の存在を失っていく様は、こうした現代の情景と地続きになっているように見える。


観客を巻き込むことが必要だった

今作で最も重要視したのは「箱男を意識するものは、箱男になる」という原作の文脈を、映画という媒体に落とし込むことだった。「原作は物語の世界に読者を強引に巻き込むようなメタフィクションになっている。だからこそ、映画を見た人自身が、箱男になるという体験を提供することが絶対に必要だと思った」と明かす。視覚が遮断された真っ暗な空間でスクリーンを見つめる瞬間、観客と箱男の視点は重なる。劇場で鑑賞する醍醐味(だいごみ)がより感じられる作りにこだわった。

アクションシーンも充実している。箱に入った2人の男が繰り広げるバトルはシュールで狂気的だ。加えてサスペンスやラブストーリーなど、多面的なエンターテインメント性も併せ持つ。一方、純文学ならではの難解さがなくなったわけではない。石井監督も、最初から全てを理解しのみ込んで撮影に臨んだわけではないという。「ふざけているように見えて大真面目な軍医の計画だったり、恋愛が絡んできたり。『なぜ?』と不思議に思う展開が何度もあった。だけど、徐々に自分なりの解釈ができるようになっていって、今は僕の中の答えはあります」と明かしながら、こう続けた。「だけど、それは言いません。一人一人の正解を見つけてほしい」 

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ライター
谷口 豪

谷口 豪

たにぐち・ごう 1992年、鹿児島県生まれ。2018年毎日新聞社入社。津支局を経て、22年4月から大阪学芸部。主に上方演芸や在阪テレビ局の取材を担当。

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