「ONE LIFE」 ジェームズ・ホーズ監督=提供写真

「ONE LIFE」 ジェームズ・ホーズ監督=提供写真

2024.6.30

全英が泣いたテレビ番組場面も再現「前向きなメッセージを受け取って」 ジェームズ・ホーズ監督「ONE LIFE」

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鈴木隆

鈴木隆

「イギリスのシンドラー」とも言われるニコラス・ウィントンの実話を映画化した「ONE LIFE 奇跡が繋いだ6000の命」。プラハからユダヤ人の子供669人を列車に乗せてイギリスに逃し、50年後に彼らやその子孫たちと再会する。ジェームズ・ホーズ監督は「今の世界に通じるヒューマンな物語であり、大きな救いや希望のメッセージにあふれている」と語った。


ユダヤ人の子供たちをイギリスへ

第二次世界大戦直前の1938年、ナチスがオーストリアとチェコのズデーテン地方を占領した。迫害を恐れたユダヤ人はプラハに逃れたが、住まいも食料も窮乏する生活を送っていた。イギリスで株の仲買人をしていた青年ニコラスは、何かしなくてはという思いに駆られプラハに向かう。子供たちだけでもイギリスに避難させようと、同志たちと資金集めと里親探しに奔走する。それから50年。ニコラスは救出できなかった子供たちが忘れられず自分を責め続けていた。そんなニコラスにBBCの人気番組「ザッツ・ライフ!」で紹介したいと連絡が入る。

日本では、今作でニコラスの物語を知った人も少なくないだろう。チェコやイギリスではどう受け取られているか聞いた。チェコでは史実として学校で教えられているほど浸透していて、本作の撮影でも「ニコラスの映画を撮るので『(ロケ地として)使わせてほしい』とお願いすると、『ぜひ使って』という返事がきた」ほどだった。

イギリスでも、映画の中で再現された「ザッツ・ライフ!」の場面は有名だという。ニコラスをゲストに迎え、司会者が客席に「彼に救われた方はいますか」と問い掛けると、全員が立ち上がる。「あの場面を記憶している人はたくさんいるし、よく知られている」


「ONE LIFE 奇跡が繋いだ6000の命」 © WILLOW ROAD FILMS LIMITED, BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2023

映画化の条件は「アンソニー・ホプキンス主演で」

原作はニコラスの娘、バーバラ・ウィントンの著作だが、映画化の申し出に対し条件があった。「父を演じられるのはアンソニー・ホプキンスさんしかいない」。かなりハードルの高いことだったがなんとかクリアできた。バーバラは「個人ではなく、チームで成し遂げたことをしっかり描いてほしい」と求めたという。ニコラスも個人の業績とは思っていなかったからだ。こちらも「その願いは表現できたと思っている」と満足そうだった。

バーバラは撮影の準備期間中は存命で、ホーズ監督、娘を演じた俳優、ニコラスの母を演じたヘレナ・ボナム=カーターらとも話をすることはできたという。死後はバーバラの夫や家族の協力を得て製作した。

時間軸動かし作品の強度に

映画は30年代の緊迫感と50年後のゆったりとした空気感で、メリハリよく見せる。ニコラスが年齢を重ねた時代は「過去にとらわれているニコラスを見せたかったのでカメラは動かず、画角の中でアクションが収まる撮り方をした」。一方で「若いニコラスは時間が迫る中で、使命として目的を成し遂げようとする人物を追うカメラワーク。言い換えれば、キャラクターに寄せて撮った」と明確に使い分けた。

「年をとってからのニコラスが若き日と同じようになるのは、テレビ局のスタジオに入るシーンだけ。彼の肩のあたりにカメラがあるので、ニコラスが経験していることを観客もそのまま経験する作りになっている。そこだけ、若い時と同じにした」

映画はふたつの時代を頻繁に行き来するが、脚本ではそれほど時間軸を動かすようには書かれていなかった。「編集の段階で何度も動かした。より強度の高い作品になったと自負している」と意図を明かした。


歴史的な場所で撮影

ニコラスが大事に持ち続けているブリーフケースとスクラップブックの中身も次第に明かされていく。子供たちを乗せた最後の列車がどうなったかも含め、ミステリーというほどではないが何かが起きたように見せ、後半でそれが明かされる形を取り入れた。「こうした要素は、時間軸を動かしたことで物語を突き動かす効力になってくれた」と語る。

劇中何度もプラハの駅が登場する。子供を列車に乗せてイギリスに送り出すシーンで、緊張感がみなぎっている。史実と同じ駅を使っている。「この出来事が起こった場所で撮影できたのは意味のあること。演じる俳優にとってはなおさらだったと思う。駅の床から歴史が立ちこめてくるような感じさえした。実際の場所だからこそ生じる信ぴょう性を深く感じた。さらに、駅は建造物として大きく、そのスケール感が作品にもダイナミックさを与えた」と付け加えた。

実話の映画化で物語に説得力が出ることはプラスだが、事実の重さに負けかねないなど、大変な側面もある。ホーズ監督が大事にしたのは「ファクト(事実)と、物語を経験した実在の人物に対するリスペクト(敬意)」と話す。「存命なら、彼らの前に立ってその映画を見てもらえるかどうか。それができれば、誠実に作った証し」。ただ、こうも話す。「元が実話だとしても、映画になれば真実の一つのバージョンになってしまう。これは不可避なこと。カメラを向けただけで、セリフを書いただけで、それは一つの解釈になる。大切にすべきは、本質を見失わないこと、あるいはそれを見つけることだ」


現在を理解するために過去というレンズを使う

ナチスやその周辺を描いた映画は、日本でも毎年何本も公開されている。それぞれ異なる視点やアプローチがあり、史実から生まれた作品もかなり多い。「我々は現在を理解するために、過去を使う。世界的にダークな場所(状況)にいる時は、なぜこうなってしまったのか理解したい。そこで使うレンズの一つが近い過去。ナチスの映画が作られ続けているのは、過去の検証でもあるが、現在を理解したいという欲求の表れでもある」

ホーズ監督が続けて語る。「ヨーロッパ、僕が住むイギリスではいまだに第二次世界大戦のエコー(こだま)がとても大きい。存命の方もいる。仕事場に行く時も、爆撃の痕が残る場所の近くを通っている。当時の感覚が今も生きている。また現在の状況も深く関係している。ホロコーストの作品が多いのは、現在の中東情勢が一因ではないか」

イスラエルによるパレスチナでの虐殺は解決の糸口が見えない。結果的にこうしたタイミングでの公開になった。「世界がこうした時だからこそ、この作品がポジティブなメッセージを持っていることに誇らしさを感じる。観客には、気持ちが励まされる作品であると伝えたい」

今起きていることをどう考えるか。「ウクライナとロシアの戦争やガザでの紛争は、どちらも歴史的な経緯があって今の状況になっている。ニコラスも僕も、言いたいことは同じ」。こう続けた。「人類は過去のあやまちから学ばなければいけない。なぜなら、過去は起きてしまったことではなく、今に続き、まさに今起きていることだからだ」

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ライター
鈴木隆

鈴木隆

すずき・たかし 元毎日新聞記者。1957年神奈川県生まれ。書店勤務、雑誌記者、経済紙記者を経て毎日新聞入社。千葉支局、中部本社経済部などの後、学芸部で映画を担当。著書に俳優、原田美枝子さんの聞き書き「俳優 原田美枝子ー映画に生きて生かされて」。

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