「ほつれる」の門脇麦=猪飼健史撮影

「ほつれる」の門脇麦=猪飼健史撮影

2023.9.22

「分かりやすさだけではつまらない」 門脇麦が語る「ほつれる」の存在意義

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勝田友巳

勝田友巳

クセのある小品から気楽な娯楽作まで、門脇麦の活動域は広がる一方だ。「ほつれる」はクセのある方。セリフよりも言葉にならない心の動きを繊細に表現した、地味でも密度の濃い作品だが「分かりやすい映画ばかりじゃつまらない。だから意義がある」と力を込めた。


 

セリフがリアルで緻密 完璧な脚本

専業主婦の綿子は、夫の文則(田村健太郎)に隠れて木村(染谷将太)とひそかに付き合っていたが、ある日木村が目の前で事故死してしまう。折しも、文則から関係修復を持ちかけられ、平静を装って文則に応じるものの動揺は隠せず、次第にほころびが出始める。自然な会話の中に関係性が浮き彫りになり、セリフの行間に真情がにじむ。
 
加藤拓也監督の脚本が「素晴らしかった」と絶賛。「セリフがリアルで緻密。繊細だけど余白がない。こんなに完璧な会話劇の台本を読めるなんて幸せ」。共演者も同様だったよう。「本読みの完成度が高すぎて、監督が終わった後『面白いですね』って。自分の脚本の本読みが終わったとこでそんなこと言うの、初めて聞きました(笑い)。でも、それだけしびれるものがありました」


「ほつれる」ⓒ2023「ほつれる」製作委員会&COMME DES CINEMAS

撮影場所でリハ2週間 ハンパなく染みついた

クランクイン前に、撮影現場となるマンションの一室で2週間、リハーサルを重ねたという。「〝染み付き方〟が半端じゃないですよね。普通はクランクインの日にセットに入って、ここが門脇さんの部屋です、から始まる。いつも、セットをペタペタ触るんです、ちょっとでもなじもうと思って。でも今回は2週間『自分の家』に通っていた。慣れきってむしろ疲れたくらいで、この映画には効果的だったかな」
 
といってもそのリハーサル中、監督は「アングルで心情を表現したい」と撮影監督と話し合う時間が長かったとか。「それが1時間とか。放置されて、タムケンさんとソファでダベってました」


役作りはしない 感情はまんま自分

もっとも普段から役作りはしないそうだ。「役になりきるっていう感覚がなくて。どの役でも使う感情はまんま自分です。役者って〝箱〟だと思っています。覚えたセリフが、私というフィルターを通して出てきたものが役なんじゃないかな」
 
「台本を最初に読んだ時に感じたテンションを大事にしています。キャラクターや作品がまとってる空気を感じとる」。衣装合わせも大切だという。「何を身につけているかが、その人の人生と性格を表しているから。適当な服を着ていても、だから適当な性格、じゃなくて、何か経緯があってそんな服を着るようになったかもしれない。監督のイメージを知るのも衣装合わせで、監督が選んだ衣装を見て、キャッチしてる芯が違うのかなと考えるとか。その積み重ねで具体的になっていく」


分かりにくい だから作る意義がある

「ほつれる」は、自分と向き合うことになる綿子の心の動きを静かに追う。喜怒哀楽のはっきりした分かりやすいヒット狙いの大作とは対極の作品だ。しかし「だからこそ作る意義がある」と強調する。
 
「全部説明する映画もあるじゃないですか。何を持ってるか、こう言われたからこう傷ついたとか。ともするとモノローグで、自分の感情まで。主人公が何考えてるかわかんないから、映画としてだめですみたいなことにもなっちゃう。でも、むしろ分からないことで豊かになったりする。自分でも、こうした映画を見るのは好き」


 

セリフ言うより踊りたいと思ったことも

幼少期からバレエを習い、バレリーナを夢見ていたが中学時代に断念。高校生になって俳優を志し、進学せずに芸能事務所に所属した。2011年にデビュー。14年「愛の渦」で注目されてから、次々と映画やテレビに出演するようになった。はじめは演技に苦労したという。
 
「表現するという点では、バレエと共通すると思ったんですよ。体を使うか言葉を使うかの違いだけで。でも始めてみたら、あまりにも違いすぎて。できなすぎて『ああ、間違えた、役者の道選択したのは』と思いました」
 
「声に血肉が乗らない感じ。セリフがうわ滑って、自分の演技が全部ウソくさい。声が体から出た瞬間に、糸がプチンって切れて、フワーッと舞って行っちゃう。だったらもう、セリフ言わずに踊りたいと思いました。今でこそ、つなぎ留める感覚になりましたし、バレエと共通するものがたくさん見えている気もしますけど」


顔のニュアンスは〝こっち寄り〟?

口数少ない綿子と反対に、はきはきと明るく話す。デビュー当時は暗い役やおとなしい役が多く、「こんなに明るいはずなのに、私って実はおとなしいのかな、そういうキャラに転換した方がいいのかなと思った」とか。最近では幅も広がったが「役はそういうのが合ってるのかもしれないです。顔面なのか雰囲気なのか、ニュアンスがこっち寄りなんですよ、きっと」。
 
いやいや、そんなことはありません。「天間荘の三姉妹」の奔放な次女や、2023年1~3月のドラマ「リバーサルオーケストラ」での威勢のいいコンサートマスターなど、快活な役もピタリとハマる。「いろんな役ができる年齢になってきたんですかね。両親も喜んでくれて。私がどの役でも、親には娘にしか見えないから。『こないだは麦が悲しそうだった』と真顔で言われて、『あ、あれ役だから』とか。ははは」。明るく笑うのだった。

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン
ひとしねま

猪飼健史

いかい・けんじ 毎日新聞写真部カメラマン

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