「キリエのうた」を監督した岩井俊二監督=宮武祐希撮影

「キリエのうた」を監督した岩井俊二監督=宮武祐希撮影

2023.10.20

アイナ・ジ・エンドの声と震災の記憶 〝旬〟の才能との出合い続ける岩井俊二監督 「キリエのうた」 

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勝田友巳

勝田友巳

アイナ・ジ・エンドの歌声が作品を貫く「キリエのうた」は、岩井俊二監督による久々の〝音楽映画〟だ。社会問題も取り込んだ3時間の大作は、元々「小ぶりの映画」になるはずだった。物語のタネは、自身の「ラストレター」(2020年)の作中に登場した小説「未咲」の一エピソードの中で、登場人物が構想する8ミリ映画のプロット、主人公は「歌はあまりうまくなくても成立した」。それがアイナと出会い、映画は歌に彩られ、東日本大震災から現代まで13年に及ぶ物語となった。
 


 

歌う以外の声をなくしたミュージシャン

「未咲」のエピソードは「アメリカンニューシネマの代表作「『真夜中のカーボーイ』を女性にしたような話。心に刺さっていて、どうしても描いてみたくなった」という。物語を書いている時に、たまたま見ていたオンラインライブにアイナが登場して衝撃を受け、すぐに出演を打診すると快諾。小品の企画は「1時間半では描ききれない」と転がり始める。
 
アイナ演じるストリートミュージシャンのキリエは、歌う時以外は声が出ない。高校時代の同級生イッコ(広瀬すず)と偶然再会、イッコはマネジャーを買って出て、キリエを売り出そうと奔走する。


「キリエのうた」Ⓒ2023 Kyrie Film Band

世界で3指に入る音楽映画監督

開巻間もなく流れる、アイナの歌声が圧巻だ。随所にアイナが歌う「異邦人」「さよなら」といったナツメロやアイナのオリジナル曲が流れ、クライマックスは路上音楽フェス。映画は劇中曲と豊富な劇伴に彩られ、音楽で満ちている。「スワロウテイル」(1996年)、「リリィ・シュシュのすべて」(2001年)に連なる、音楽が主役といってもいい〝音楽映画〟だ。突然の再開のようだが、伏線はあった。
 
「海外のプロデューサーに『世界で3本の指に入る音楽映画監督だ』と言われて、考えてみるとそういう人は5人ぐらいしか思いつかない。そうか自分は得意なのかと思って。10年ぐらい前から、音楽を担当する小林武史と、新しい音楽映画の構想を酒の席で話したりはしていました」
 
「学生時代の自主製作から自分で劇伴曲を作っていたし、『四月物語』『花とアリス』でも一部試してみた。音楽作りは大事にしてきたと思う。ずっと打ち込みで作曲していたのを、楽器に触れるようになろうと音楽ユニットを作って、練習もしていた。たまたまアイナが引き受けてくれて、このためにやってきたのかと」


通りがかりに聞いてしまった音

路上の音楽をどう録(と)り、聞かせるかにも力を入れた。「スタジオの音源を使う方法もあるけれど、演奏と合わないし臨場感がない。その場で演奏したのを録ってそのまま使うことにこだわった。路上にマイクを置いて、周囲のビルから何秒で音のエコーが返ってくるかまで考えて作り込みました。きれいな音を聞かせるのではなくて、通りかかって聞いてしまった、っていうような音を目指して」
 
アイナありきで企画が進んだとはいえ、俳優としても未知数だし、映画作りの共作者としての相性も分からなかった。松村北斗、広瀬すず、黒木華と実力者も集まってくる。撮影現場に付きもののトラブルは覚悟していたというが……。「アイナさんも高校時代にうまくしゃべれなくてコミュニケーションが苦手で、歌とダンスのときだけ自由になれたと知りました。まさに主人公と同じ。撮影では全く動じることがなくて、逆にこちらを励ましてくれたくらい」
 
「アイナが歌い出せば彼女の世界になるし、すずちゃんは実力者、北斗も歌って踊れて芝居もできる。華もパワフルで、こんな4人が集まったのは奇跡としか言いようがない。毎日演技を見るのが楽しかったし、自分がサラッと書いたセリフが、俳優が解釈して思いを込めて口にすると、想定以上のものになると改めて経験しました」


震災に触れる映画は自然の流れ

映画の背景には、東日本大震災の記憶がある。自身は仙台市出身で、NHKの復興支援曲「花は咲く」を作詞、ドキュメンタリー「Friends after 3.11」も監督した。「NHKのプロジェクトと関わって、いつかは震災に触れる映画を作るのが自然の流れで、具体的に描く時がくると思っていた」という。
 
キリエとイッコの物語と並行して、キリエの姉(アイナの二役)とその恋人夏彦(松村)のラブストーリーが語られる。キリエは実は路花という名前で、東日本大震災で行方不明になった姉の名をかたっていた。本物のキリエは夏彦の子どもを妊娠していたが、震災で行方不明となり、小学生だった路花は夏彦を頼って日本中をさまようことになる。
 
「震災直後にSNS上で、好きな子の消息を捜している高校生の投稿が流れてきて、でも自分が誰か知られたくないというんです。自分も親と連絡がつかず途方に暮れていたけれど、大災害の中で、こんなにもかわいらしいことがあるのかと。ちっちゃな花が咲いてるんだなという体験があって『花は咲く』になったりもしました」
 
加えて、夏彦が主人公の「フルマラソン」という短編小説も書いていた。「仙台から石巻まで42キロを走って行く話」で、そのまま本作に取り入れられている。「ただ、あの頃は結末が思いつかず、封印していたんです。12年たってそのアンサーとして融合できると思いました」。長年温めていたアイデアが、一つに結びついた。


作り続ける意思と旬の才能

小さな構想から始まった映画は、大きく花開いた。「このところ、こういう作り方をしています。物語の形を決めて始まるのではなくてその逆に、偶然の出会いや発見を大事にして、計算ずくでなく実験のようにアプローチしていく」。本作も、先に映画化を進めていた「未咲」が順調だったら生まれなかったという。「『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』『花とアリス』『なぞの転校生』の3作は、スケジュール的に無理と断ったのに、断り切れず引き受けた作品でした。そういう時じゃないとできない作品があるし、結果オーライ。作り続ける意思がないと生まれない。何十年もやってきて、旬の才能と直接相まみえて同じステージで作れてるのはありがたいですね」。映画「未咲」も、着々と進んでいるそうだ。

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン
ひとしねま

宮武祐希

毎日新聞写真部カメラマン

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