「劇場版ドクターX」の岸部一徳

「劇場版ドクターX」の岸部一徳手塚耕一郎撮影

2024.12.04

「ドクターX」の晶さんと12年でお別れ「寂しい」でも前向き 岸部一徳

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勝田友巳

勝田友巳

12年も演じ続けた役と、ついにさよなら。「寂しさはありますよね」。ドラマ「ドクターX」で演じてきた神原晶は、米倉涼子演じる「失敗しない」外科医・大門未知子を支えた名医紹介所長。初の映画にしてファイナルと銘打った「劇場版ドクターX」(12月6日公開)で、有終の美を飾った。もっとも「寂しい」と言いつつ、どこかひょうひょうとしているのが、この人らしい。コワモテのヤクザもお人よしのおじさんも無理なくはまり、ドラマに映画に〝いつもいる〟バイプレーヤー。「器用に、あれもこれもできないんで、じっとしてるしかない」。変幻自在の秘訣(ひけつ)は染まらないこと、なのである。
 


樹木希林、「死の棘」……アイドルから大転身

その昔アイドルだった、と言ってもピンと来る人の方が少ないかもしれない。「俳優は40年以上、こっちの方が長いですからね。音楽はちょっと」。ちょっとどころではない。1960年代後半、10代で沢田研二らと組んだザ・タイガースで、グループサウンズブームの頂点に立った。ブームが下火になって「とにかく音楽はやめてみよう」と思ったところに、TBSの演出家だった久世光彦から「俳優やれば」と薦められ、樹木希林の事務所に所属。「演技の勉強もしてないし、できるかどうかわかんないけど入れてもらえと」。いい作品にだけ出演という方針の事務所で10年を過ごした。

「その間に、俳優のあり方、芸能界にどういうふうになじむか、なじんじゃいけないか、いろんなことを教えてもらいました。いい作品を選ぶのは当たり前だけど、仕事はあっても、これは合わないからやめましょうと言われて、生活は大変でしたよ」。飛躍となったのは小栗康平監督の「死の棘」(90年)だった。

完璧主義の小栗監督の下、撮影は半年も続く。「脚本の難しさ、表現の難しさ、監督が『ここはこうだ』という意味がなかなか分からない。でも映画が出来上がって改めて見たら、こういうことか、こう見えるようにやってたのかと」。この撮影で多くを学んだという。「監督が、俳優は映画の100%を背負うものではない、まあ20%ぐらいでいいんだよと言う。あとは照明部や録音部など、いろんな人たちが作り上げて、それで100に近いものができればもう大成功なんだと。その後、映画やドラマをやる上で、すごくいい経験になった」



「劇場版ドクターX」Ⓒ2024「劇場版ドクターX」製作委員会

色をつけないから何にでもなれる

俳優として、自分に色をつけないのだという。「こういう世界で頑張ろうとすると、個性を出さないといけない。でも自分には、キャラクター的に何もない。色をつけない方を選んで、役も僕が作るんじゃなくて、こういうキャラクターを僕がやったら面白いかなと、脚本家や演出家、プロデューサーが考えた原型みたいなものがあって、それを自分のリアリティーにつなげていく」。撮影現場でも同様だ。「初めての監督さんとは、脚本よりもこの監督は何を考えてるのか、何を一番いいと思って、何を撮ろうとしてるのかが大事。それを理解していく過程も、なかなか面白い」

半世紀以上身を置く芸能界を、一歩引いて見つめている。「芸能界は苦手ですけど、客観的に見てると面白い世界だなと思います。何を大事にして何を良しとしないか、自分で決めて試してみたいことがいっぱいあった。俳優を選ぶ側には、全然見てくれない人もいるけれど、一緒にやってみたいと言ってくれる人もいる。そういう人に向けてやっていこうと」



晶さんでいる方が楽な時も

かくして全方位全角度の役を、途切れず演じることになった。その中でも、神原晶とは長い付き合いだ。「ドクターX」は、12年10月にテレビ朝日系で放送されたドラマが高視聴率を記録、ドラマシリーズ計7作、特別ドラマやスピンオフも作られた。晶はかつて有能な外科医だったらしいが、物語の中では日がな猫を抱いて未知子らとマージャン卓を囲んでいる。未知子の派遣先にメロンと請求書を持って訪ね、報酬を手にするとスキップする。コメディーリリーフ的な存在だ。

「ここまで自分と違うと、やりやすいっていうか、不自然さは感じないですね。比較的スムーズに受け入れました」。「晶さんでいる方が、楽なときもありますよ」と楽しんで演じていた様子。ただ本人は否定するものの、横で聞いていたマネジャーさんは「似てると思いますよ」と小声で。



「米倉涼子の魅力がヒットの理由」

シリーズの人気の理由を「一番は米倉涼子さんの魅力」と断じる。米倉を「欲のない人」と評した。「評価を欲しがらない姿勢が、すごく新鮮でした。一緒に物を作っていく良さを、彼女がどんどん見つけていった」。共演はこの作品が初めてだったが、シリーズが続くうちに自身と米倉の関係性が、晶と未知子に重なったという。「俳優同士の2人と、未知子と晶がどこかで混じり合った。撮影していない間に電話で話す時も『晶さん』『未知子』と呼び合ったりして、ずっと関係性を残していました。12年続く良さは、何かが重なって進化していくことだという感じがします」

その積み重ねが、映画版に結実した場面があった。「未知子の感情があふれ出すシーンがあるんですけど、すごくうまくいったと思う。それは、一緒に過ごしてきた時間とか積み重ねたものがあって、初めて可能になった。これが2年とか3年だったら、また違うものになるんでしょうね」。シリーズ終了も、寂しいばかりではない。むしろ前向き。「終わるという決断は、主役の彼女の選択。それは前に進み新しい所に行くということで、僕を含めて一緒にやってきたレギュラーのみんなが、その背中を押す。これからの彼女がまた楽しみで、期待したい、応援したい、そういう終わり方です」 

もちろん、自身も。「あと何十年もあるわけではないけれど、いいなと思う作品とか、もうちょっと頑張ってみようと思います。仕事があればですけどね、ないのにやりますって言ってもね」。あくまでも軽やかに。

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン
ひとしねま

手塚耕一郎

てづか・こういちろう 毎日新聞写真部カメラマン

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