「まる」の荻上直子監督

「まる」の荻上直子監督内藤絵美撮影

2024.10.19

堂本剛と「濃密な時間過ごせた」 「まる」荻上直子監督

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勝田友巳

勝田友巳

荻上直子監督の「まる」は、堂本剛の実に27年ぶりの単独主演作だ。演じるアーティストの沢田は、口数も表情も乏しい迷う男。明るいイメージとは正反対でも、荻上監督がアイドルの内面を見抜いて着想していた。


 

ずっと気になる人だった

「気になる人はいますか、と聞かれたら、『堂本剛さん』ってずっと答えていました」と荻上監督。10代のころの堂本を見ながら、不思議だったという。「笑顔で人を笑わせているけど、つらそうに見えた。テレビに出てる人は、98%が『どうしても出たい、有名になりたい』と頑張って頑張ってスターを目指してるじゃないですか。でも堂本さんは、そうじゃないのが分かる。華やかな世界にいるのに何でだろうって、気になって」

とはいえ堂本は音楽活動が中心で、俳優としての活動からは離れていた。映画単独主演は「金田一少年の事件簿 上海魚人伝説」(1997年)が最後。ダメだろうとはなから諦めていたところに、堂本側からの好感触を得て「まさか出演してくれるとは」。そこから脚本を当て書きしたという。

堂本はパニック障害や突発性難聴を公表し、ラジオ番組などでも聴取者の共感を得ていた。インタビュー記事を読み、「つらそう」に見えたわけを知る。「子どもの時は子どもだから、大人になったら大人なんだからと言われ、どこに思いを持ってっていいか分からず、音楽と出会ってようやく自分を取り戻したと。そこから、自分自身が分からなくなる男、という物語を書き始めました」


「まる」© 2024 Asmik Ace, Inc.

売れないアーティストの「〇」が大人気

堂本演じる沢田は、美大を出たものの芸術家としては大成せず、現代美術家のアシスタントを細々と務めている。ところがそこもクビになり、何気なく描いた「⚪」が禅画の「円相図」の傑作ともてはやされ、たちまち時の人となる。

「主人公は堂本さんと共通するアーティストに。それに、現代アートは良しあしはよく分からないのに、子どもが描いたような絵に何千万円もの値が付いてしまう。そうした風潮への風刺もこめた」。沢田を通して、作品の値をつり上げる不透明な美術市場を戯画化し、資本主義と芸術創作の関係も描き出す。

沢田は周囲の大騒ぎに戸惑い、画廊やフィクサーに振り回され、自分を見失う。「堂本さんは、これまで正義感が強くて積極的に行動を起こす役を演じてきたけれど、沢田のように受け身な役は初めてで、とても難しかったようです。脚本を書いた自分も、現場で悩むことが多かった。シーンごとに堂本さんと綿密に話し合って場面を決め、充実した時間となりました」


生産性、効率優先でいいのか

そして沢田を通して生産性や効率優先の世の中にも異を唱えた。沢田の隣に住む漫画家志望の横山(綾野剛)は「売れなければ存在意義がない」と思い詰め、のほほんとした沢田を戸惑わせる。「働きアリの2割は怠け者。自分はそうなりたくない」という横山に、沢田は「2割がいるから8割が働くのだろう」と問いかけて、会話はかみ合わない。ここは映画を象徴する一場面。

「映画もアートも、なくても生活には困らない。でも必要だという人もいるわけで。効率とか生産性を優先して『役に立たない人はいらない』と殺してしまったりする。それは悲しい。子どもが『大人になったら人の役に立つ人間になりたいです』っていうのも、私自身はゾワッとする。必ずしも役に立つ人間じゃなくていいんじゃないかと、映画でぜひ言いたかった」


社会の理不尽さへの怒り

「かもめ食堂」で注目され、ほぼオリジナル脚本で映画を手がけてきた。ほんわかしたムードの初期作品から、近年は社会的視点が強まってきたようだが。〝孤独力〟を持った主人公を描いてきたことは一貫していると振り返る。

「大人になって、社会に対する思いは変わってきたんでしょうね。怒りはあると思います。でも『かもめ食堂』から、不器用で、社会でうまくいかない人を描くという共通点はあるんじゃないかな。そして、誰かに頼らず自立して、1人でも大丈夫という人を一貫して主人公に据えてきたと思っています。沢田も、堂本さん自身も含めて。自分がそうありたいと願っているからでしょう」


「まる」の荻上直子監督=内藤絵美撮影

高齢独身女性の貧困「何なんだ!」

インディペンデントの映画作りは、いつも困難な道のりだ。しかし「妥協はしていない」ときっぱり。「20年、頑張ってやりたいことやらせていただきました。映画監督は、わがままを通すことが仕事」。同席していたプロデュ-サーは「でも、わがままを通しつつ、意見が面白ければ取り入れるし、バランス感覚がいいんですよ」と言い添えた。

今怒っているのは、高齢女性の生きにくさだという。「60代以上の独身女性の貧困問題。若者の貧困は日が当たっているけど、彼女たちは一番下に置かれている。ちゃんと働いてきた人たちの年金受給額が、専業主婦より低かったりする。何なんだと」。次回作の脚本になりそうだ。

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ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

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