「52ヘルツのクジラたち」の成島出監督=勝田友巳撮影

「52ヘルツのクジラたち」の成島出監督=勝田友巳撮影

2024.2.29

「演じていいのか」悩んだ杉咲花、志尊淳と共に誠実に向き合った痛みと苦しみ 「52ヘルツのクジラたち」 成島出監督

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勝田友巳

勝田友巳

社会問題が娯楽作品に描かれると、時に物語の道具として使われがち。「52ヘルツのクジラたち」の映画化にあたって成島出監督は、「誰も傷つけることのないように」と細心の注意を払ったという。主演の杉咲花、志尊淳とも思いを共有し「痛みを抱えた人の苦しみを知ってほしい」と思いを込めた。


虐待児と出会った主人公の過去

虐待されている少年を保護することになった貴瑚(杉咲花)は、自分もアン(志尊淳)の助けで怪物的な母親の支配を脱した過去があった。時制を行き来しながら、貴瑚の過去をひもといてゆく。題名は、1頭だけ他の個体と周波数が違い、誰にも声が届かない孤独なクジラのこと。誰にも届かなかった叫びを聞き止める人たちの物語である。
 
原作小説は本屋大賞を受賞したベストセラー。成島監督には受賞前に話が持ち込まれたが、最初は慎重だった。「力強くて面白かったし、賞も取ると思いました。でも映画にするのは難しいなと」。虐待やヤングケアラー、LGBTQと、いくつもの社会問題が物語の重要な要素となっている。「題材が深刻で、軽々しく扱えない。小説なら地の文でさばけるけれど、映画はそうはいかない。俳優の肉体とセリフで、しかも2時間で伝えられるのか」


 ©2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会

結ばれない恋を基調に

そこで軸としたのが、アンと貴瑚のラブストーリーだ。「ロミオとジュリエットのような結ばれない恋を幹にして、なぜそうなったかを枝葉にしようと。それぞれの傷と痛みを、感情を基盤にして考えた」。多くの当事者や支援者に話を聞いたという。気をつけたのはここでも「どういう感情になるか」。「苦しんでいる人たちの原因もその結果も、それぞれで全く違う」。分かったつもりになることなく、「誰かを傷つけることのないよう慎重に取り組んだ」。

現実を知るにつれ、怒りも感じたという。例えばLGBTQを取り巻く理不尽な状況。「同性婚ができないとか、戸籍の性別変更に性適合手術が必要だとか、おかしいことが多すぎる」。貴瑚とアンの傷や痛み、悲しみを救えるかどうか分からないが、寄り添うことはできるのではないか。「かすかに光が見えることを、映画のゴールとしました」


いい球を投げてくれた

杉咲と志尊にも覚悟のいる役だった。「生半可じゃできないですよ。演じていいのだろうかと悩んでくれた」。当事者に確認しつつ、丹念に役作りをしていったという。撮影前に1週間のリハーサルの時間を設けた。「脚本にはない、登場人物の人生を年表にして渡してエチュードで演じてもらうなど、思いを丁寧に埋めることができました」

喜怒哀楽が、時に激しく表現される。俳優たちには「ドンとぶつけてください」と求めたそうだ。「声なき声を届ける物語だし、登場人物はいろんなことを背負っている。感情のまま、思い切って発露してくれと。強い芝居にブレーキをかけることは、一切しなかった」。2人の俳優には「直球を要求した」と話す。

「いい球を投げてくれました。クセがある人は直すのが大変だけれど、2人ともいい意味ですれていない。若いけどしっかりしてて、すごくいい育ち方をしている。最高でした」。親子ほどの年の差だが「本音で向かってほしい、思ったことをのみ込まずに伝えてほしい」と話した。「主役は監督でも、俳優でもない。作品そのものが主役で、ベストになることを目指しています」


理想はチャプリン

成島監督は、これまでも骨太の娯楽作を手がけてきた。「ファミリア」では在日外国人、安楽死を扱った「いのちの停車場」。難しいテーマに、メジャーな構えの作品で挑んでいる。そうした作品の思いを、山本薩夫監督の名前を挙げながら語る。日本映画黄金期に「人間の壁」「白い巨塔」「金環蝕」など、社会の不条理を娯楽色豊かな作品として作ったを社会派監督の代表である。

「日本人として知らなければいけない、伝えなければいけないことがある。こういうジャンルも必要だと思う。自分でも、年に数本は骨太の作品が見たいですしね」。目標とするのはチャプリンだという。

「自分にとって、10代のころから映画の神様です。『独裁者』(1940年)を作った時、ヒトラーは権力の座にあり、ユダヤ人強制収容所の実態は世界に知られていなかった。ヒトラーを正面から批判し、しかも娯楽作として世界に届けた。資本主義を風刺した『モダン・タイムス』(36年)だって、未来を見ていた。彼の映画で救われた人も大勢いたでしょう。その勇気や知力を尊敬するし、映画の王道、理想だと思う」

口当たりの良い映画が求められる中で、硬派な作品は批判も受ける。「まあ、それも慣れてるんで。自分は映画から、世界や人間のことを教わった。だから観客にも知ってほしい。無知ほど怖いことはない。貴瑚やアンの悲しみや苦しみを知ることは、気は重いけれど少しでも世の中をよくする方向に向かうんじゃないかな」

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ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

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