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2024.11.11
綾瀬はるかの目の奧に「宇宙」が見えた「彼女でなければならなかった」 「ルート29」森井勇佑監督
森井勇佑監督の「ルート29」は、孤独を抱える女性と不思議な雰囲気をまとった少女の2人が、兵庫・姫路から鳥取に至る国道29号を旅する物語だ。緑深い森、神秘的な湖――。日本の原風景を思わせる自然が、世間に居場所のない2人をはじめ、登場人物の繊細な心の動きと呼応するように映し出される。森井監督はデビュー作「こちらあみ子」に続くこの作品を、「現実とファンタジーが入り交じった、現代のおとぎ話」と表現する。
詩と映画に親和性「理屈でないものを描く」
原作は鳥取出身の詩人、中尾太一の詩集「ルート29、解放」だ。森井監督は読んだ瞬間、「これはきっと、映画になる」と直感した。「ザワザワした世界に一本道がずっと続いていて、そこを誰かが歩いている」とのイメージが浮かんだ。「ロジカルではなく、理屈では語れないものを描こうとする」。詩と映画には以前から親和性を感じていた。湧いた霊感に動かされ、森井監督は約1カ月にわたり、国道29号を旅して脚本を書き上げた。
鳥取で清掃員として働くのり子(綾瀬はるか)は、仕事で訪れた病院で、精神科病棟の患者、理映子(市川実日子)から姫路にいる娘のハル(大沢一菜)を連れてきてほしいと頼まれる。姫路に向かったのり子は、写真を手がかりに見つけることのできたハルと共に鳥取へ向かう。
「ルート29」©︎2024「ルート29」製作委員会
好き勝手で自由に生きる人たち
夜中に犬を探す赤い服の女、社会を離れて森に暮らす親子、湖に消えていく老人――。実在を疑ってしまうような不思議な人たちと、2人は出会う。「出てくる人物が好き勝手、自由に生きているようにしたかった。ただぽつんと立っているだけでもよい。その自然な姿が大切だった」と森井監督は言う。
他者との関わりが苦手で、淡々と生活を送っているのり子が、見ず知らずの理映子の願いを聞き入れたのはなぜだろうか。森井監督は「宇宙」という言葉で説明する。「のり子の中には、大きな宇宙がある。豊かな心を持っている人なんです。彼女が旅をするのは、自分の宇宙に従っただけ」。撮影をする中で、綾瀬の持つ存在感の大きさ、特に目が印象的だったという。「目の前を見ながら、実はもっと『奥』を見ている。その目を見て、のり子と同じような宇宙を持っている方だと思いました。のり子は綾瀬さんでないと演じられなかった」
森井監督は同じく、大沢の中にも大きな宇宙を見いだした。ハル役は当て書きだった。特に事前に説明したり指導したりせず、「空っぽの状態」で演技をしてもらうことが多かったという。「ホテルの一室でのり子といる場面。特に大切なシーンでしたが、『ひとりぼっちで宇宙にいると思って』と、抽象的なことしか言いませんでした。それでも、ハルの気持ちを出してくれた」と振り返る。顔を大写しした際には「これほど深みが出ているのか」と驚いた。「形容できない表情を見せてくれた。とんでもない俳優だと思います」と称賛する。
現在と生まれる前とが交わった世界
描かれる現実と非現実が溶け合うような世界は、森井監督の死生観も反映されている。「僕たちは現在から死に向かって一直線に進んでいるように考え、それを怖いと感じる。だけど、実は生まれる前の世界もあったと思うんです。現在と生まれる前とが交わった世界を旅したら、どうなるかを撮りたかった」と言う。撮影が終わった後、綾瀬から「死ぬのが怖くなくなった」との言葉を掛けられた。「のり子たちになぜ旅をさせたのか、自分でも分からない部分があった。けれど、その言葉通りと思える、すてきな感想をもらった」
2人の宇宙が近づき、離れるまでの物語を「たった2、3日の刹那(せつな)の出来事。最後に持ち帰るのは、一緒に過ごした時間だけ」と森井監督は説明する。「しかし、それが特別だったと思えたら、生きていく上では十分だと思うんです。そのことが少しでも伝われば」とも。鑑賞して心地よい夢に浸っているような感覚になった私に、森井監督の宇宙が届いたのかもしれない。