「その鼓動に耳をあてよ」©️東海テレビ放送

「その鼓動に耳をあてよ」©️東海テレビ放送

2024.2.15

なぜ「あえて分かりにくく」? 取材記者目線で読み解く東海TVドキュメンタリーの極意 「その鼓動に耳をあてよ」足立拓朗監督

公開映画情報を中心に、映画評、トピックスやキャンペーン、試写会情報などを紹介します。

山田麻未

山田麻未

なぜ、次々と課題を示すつくりにしたのだろう――。新型コロナウイルス禍の救命救急センター(ER)を映し出した東海テレビのドキュメンタリー「その鼓動に耳をあてよ」を、記者の目線で見て疑問に思った。私は社会部や生活報道部に在籍し、日々ニュースを報じてきた。その際、問題を分かりやすく読者や視聴者に伝えるべく、提起するテーマを絞るのが常だからだ。しかもナレーションをなくし、テレビ版よりも分かりにくくしたという。「伝えたい」との気持ちと、一見正反対に思える作りになっているようだが……。


第15弾は救命救急センターに密着

映画は「ヤクザと憲法」(2016年)、「さよならテレビ」(20年)といった話題作を世に送り出してきた、東海テレビドキュメンタリー劇場の第15弾となる。両作品の監督だった土方宏史が今作のプロデューサーで、報道部記者の足立拓朗が初監督を務めた。
 
今作の舞台は、愛知県内随一の規模の名古屋掖済(えきさい)会病院(名古屋市中川区)。「断らない救急」を掲げ、年間1万台の救急車を受け入れている。自殺を図った人、腹痛を訴える路上生活者の男性、けがをした大工職人、耳の中に虫がいると泣き叫ぶ子ども――さまざまな患者が運び込まれるさまを描く。コロナ禍で現場は追い詰められ、医師たちは患者受け入れについて、ギリギリの判断を迫られる。


「その鼓動に耳をあてよ」©️東海テレビ放送

生の声求めコロナ禍で9カ月 

足立は撮影を企画した21年6月当時、愛知県警を担当していた。感染第5波のまっただ中だった。テレビで「救急が逼迫(ひっぱく)していて大変なんです」とリモートインタビューに答える医師を見て、「生の声でないと伝わらない」と感じたことが取材のきっかけだという。

その頃のニュースは、感染対策のため、取材クルーでなく病院で働く人が撮影した内部の映像を放送することが当たり前になっていた。多くの記者たちは、足立と同じ気持ちを抱きつつも諦め、他の取材対象へ気持ちが移り変わったが、足立は粘り強く9カ月の取材を実現させた。


 

楽しそうに働く姿に「どうして?」

ERは撮影の難しい環境だった。患者を乗せたストレッチャーが縦横無尽に移動するため、邪魔にならないように注意を払わなければならない。医療機器の電子音がピーピーと常に鳴り響き、全員がマスクをしているので声が拾いにくい。救急に来ている患者に、取材の承諾を得なければならない。連れ合いを見取る重い決断をした高齢女性もいれば、緊急性を感じさせない事例もあり、患者の背景や症状の軽重もさまざまだ。「取材で無理をすると病院にも迷惑をかけてしまうから、引き際もバランスを考えていました」と足立は言うが、ERの「日常」の撮影は、粘り強さと配慮のバランスによって実現した。

「精神的にも体力的にもきつかった」という撮影に足立を駆り立てたのは、決して楽ではない仕事にもかかわらず、ERのメンバーが楽しそうに働いていることに対する「どうして」という疑問だった。

「彼らの姿はまぶしくて、僕もあんなふうに人生を生きることができたらいいなと思った」と率直な言葉で語る。医師らに職業人としての倫理が貫かれている様子は息抜きしているシーンにさえも、にじみ出ている。


ナレーションなくし分かりにくく

映画は22年11月、テレビ放送された「はだかのER 救命救急の砦 2021-22」を編集し直したものだ。「コロナ禍で『断らない救急』が『断った』という、分かりやすい話に収れんしたテレビ版に対し、映画はナレーションもなくして、分かりにくくなった」と土方は違いを説明する。

確かに医療従事者が情熱を持って仕事をする姿はかっこいい。しかし、そこからカタルシスを得るようなストーリーではない。生活に困窮する搬送者がいて、診療費の未払いも起きるのがERの「日常」であり、高齢社会の課題も映し出される。医師のインタビューなどから、労働時間の長さなど医療界の抱える問題もあぶり出される。


「その鼓動に耳をあてよ」の土方宏史プロデューサー(左)と足立拓朗監督=山田麻未撮影

テーマが混在する良さ

重みを感じる課題も含め、「日常」の描写は淡々としている。「分かりやすく伝えるために、私ならテーマを絞ってしまいそうだ」と感じた。そんな私の疑問に、土方は「ERの(医療界での)地位の低さとか、断らない救急の実現の難しさとか、映画にはいろいろなポイントがあると思う」とした上で、ドキュメンタリー全般への見解で答えとした。

「見終わった後、『こういうことが言いたかったんですよね』ってズバリ言われてしまうような作品は、あまり豊かではないと思っていて。『なんかよく分からないけど面白い』って言われるのが一番良い。テーマが混在している部分が普段のニュースと違い、ドキュメンタリーの仕事をやる良さかなと思う」

これまでの作品を見ても、取材対象からして報道の常識にとらわれないところに、東海テレビのドキュメンタリーの魅力があるのだろう。私自身、近しい分野にいて、それが易しくないことを身をもって理解していることから実感する。足立は「ERの未来について考えてみてほしい」と言う。映画の混然の中から、どんな共感や課題を見いだすか、可能性は受け手の前に大きく広がっている。

ライター
山田麻未

山田麻未

やまだ・まみ 2009年、毎日新聞社入社。横浜支局、東京本社生活報道部、社会部などを経て、21年4月から大阪本社学芸部。文芸や学術、映画を担当してきた。

新着記事