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2024.6.14
日本映画を極めたら、世界が見つけてくれた 井浦新「東京カウボーイ」でアメリカデビュー
井浦新が「東京カウボーイ」でアメリカ映画デビューを果たした。日本人商社マンが、出張先のアメリカ北西部、モンタナ州の広大な牧場でカウボーイの生き方や文化に触れて人生を見つめ直す物語。「僕の俳優としての取り組み方が、アメリカ人監督らからのオファーにつながった」と素直に喜びを表現した。
ヒデキは東京の大手食品商社に勤めるサラリーマン。会社がモンタナ州に所有する経営不振の牧場を再建するため、和牛畜産業の専門家ワダと現地に乗り込むが、ワダがけがで入院。スーツ姿で新たな事業計画をプレゼンするものの、効率重視一辺倒の計画は見向きもされない。ヒデキは7万エーカーもの敷地を案内され計画実現は困難と判断。スーツからカウボーイの格好に着替え、牧場の仕事を手伝い始める。地に足を着けて生きるカウボーイたちと交流し、土地の魅力や雄大な自然を実感。新たなプランを提案する。
遠回りしたかも でも間違ってなかった
井浦はこれまで、出演作品とともに是枝裕和、若松孝二、河瀬直美らさまざまな監督と海外の映画祭などに参加してきた。「日本映画はオリジナリティーを持つ作品が多い。(海外作品への)チャレンジもいいが、自身としては日本映画をより深く探求したい」と思ってきた。「海外の映画祭で感じたのは、誰かの心を動かすことができれば世界中の映画人が見てくれるということ。日本映画を極める中で、もし『君と一緒の仕事がしたい』と言ってくれる人が現れたら幸せ。そんな出会いがあったら」と考えてきた。それが実現したのが本作だ。
出演のオファーを受けた時に「少し遠回りをしたかもしれないが、間違いではなかった」と感じた。「俳優をやり続けても、そうした出会いがないこともあるから、(よくぞ)見つけてくれた」。本作のマーク・マリオット監督は「朝が来る」(2020年)など多くの井浦出演作品を見て「新さんの素晴らしい自然な演技、純粋さに心を動かされて、この人が必要だ!と思った。良い決断だったと思っている」、プロデューサーのブリガム・テイラーも「1998年に『ワンダフルライフ』を拝見して以来、井浦さんの大ファン」とのコメントを寄せている。
「東京カウボーイ」
プロフェッショナルの一体感はどこでも同じ
「脚本に温かさを感じた。ヒデキの再生物語であり、人はどんな状況でも変化していくことができるという希望の物語でもある」。多くの人が共感できる題材だから「アプローチによって見え方や伝わり方が変わる。僕自身が試される」と感じて現場に立った。
モンタナ州での撮影は約15日間。ビッグ・スカイ・カントリーと言われ広大な大地と果てしのない空が続く土地での撮影だ。「モンタナに出張したヒデキの戸惑いと、まったく同じ心境だった」という。言葉が通じない撮影の現場に入り、「物語はフィクションでも、僕の内側では完全なノンフィクションだった」。ただ、撮影自体は「豊かな自然しかない場所で撮れたことは喜びしかなかった」。モンタナでの撮影中に感じたことがいくつもあった。
「アメリカでもどこでも、映画を撮ることに変わりはない。(その土地と)気持ちが出会い、夢や希望などといったフィルターを通しながら、セリフを覚え、カメラの前に立ち、監督の掛け声で芝居が始まり、掛け声で終わる。多くのプロフェッショナルが一体感を持って一つの作品に向かっていく」。言葉や国が違ってもやることは同じだと改めて実感した。一方で、異なる部分もたくさん知った。
「すごくよかった」その場で褒めて、敬意を表してくれた
この作品の撮影中に「よく起きていたこと」を口にした。「例えば、録音部の人が電池交換をしている時に『今のあなたの演技はすごくよかった』とか『さっきのあの言葉は僕にも響いたよ』とかいちいち言ってくれた」。日本の現場では「めったにないこと」という。「打ち上げの時などに総括として伝えることはあっても、その場で言うのはあまり美しくないとみる気質がある」
しかし今回の現場では「きちんと褒めて敬意を表していた。士気や一体感が増していくのを実感し、素晴らしいことだと思った」。言われた井浦自身はどう感じていたのか。「やっぱり背中を押してもらえた。俳優100人に聞いたら100人がそう答えるのではないか。演技には正解がないと言われ、みんな不安を抱えながら演じている。自分の芝居を完璧だと思っている人はめったにいないだろう。日本の現場で気持ちを折らずにいるには、自分を信じるしかない。そうした時に、すぐ近くで見ていた人が『よかったよ』と言ってくれたら、感謝もするし、演技にまきをくべられた気分にもなる」と一気にその効用を説明した。
先輩や後輩といった関係性もなかった。「すてきだと思ったら、その場で伝える。それが習慣でありスタンダードなのだろう。日本人は自分の思いをいったん内において、相手がどう思うか考えてしまう。でも、敬意を表しあうことは大切だし、日本の現場も今後はきっとそうなっていくと考える。これから自分が参加する(国内の)現場でも、そうするように努力したい。大切なことを学んだ」
言葉を選び、かみしめるように丁寧に語る。話し方は柔らかくトーンも穏やかだ。質問にきちんと答えようとする姿勢は、以前に取材したときから変わっていなかった。