サマ

サマ

2022.4.10

オンラインの森:「サマ」 妖しさに満ちた南米、未開の奥地への旅

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、村山章、大野友嘉子、梅山富美子の4人です。

高橋諭治

高橋諭治

 奇妙で不可思議な引力を放つアルゼンチン発の歴史劇

 
スペイン語やポルトガル語圏の新作映画を日本に紹介する「ラテンビート映画祭」は、プログラムのクオリティーの高さに定評がある映画祭だ。商業的な難しさゆえに国内の配給会社が買い付けず、一般公開されない秀作がしばしば上映されるため、筆者は毎年ラインアップをチェックし、コロナ禍前には東京会場の新宿バルト9に何度も足を運んだものだ。
 
そんなラテンビート映画祭にて筆者がこれまで鑑賞した数十本の作品の中で、最も衝撃を受けたのが「サマ」(2017年、アルゼンチンほか)である。アルゼンチンの作家アントニオ・ディ・ベネデットが、1956年に発表した同名小説(邦訳未刊行)に基づく歴史劇。何がすごいって、この作品、あまりにも奇妙で、不可思議で、一度見たら脳裏にこびりついて離れなくなってしまうのだ!
 
今から200年以上昔のアルゼンチンにおけるスペインの植民地支配の様子が、美術や衣装などの細部にこだわった映像で入念に描き込まれているのだが、決してリアリズムに拘泥した作品ではない。むしろ極めて超現実的な映画であり、悪夢的な幻想奇譚(きたん)を見たような感覚にとらわれる。前衛的とも言える作風は、ラテンアメリカの小説や映画を評する際にしばしば都合よく用いられるマジックリアリズムという形容さえも軽々と超越するかのよう。日本では劇場未公開となり、ソフト化もされていないこの異端的な南米映画を、U-NEXTの膨大な配信ラインアップの中に発見し、今回紹介するに至った次第である。
 

先鋭的なイメージと音響に彩られた超現実的な映像世界

18世紀末のアルゼンチン。スペイン国王の命を受け、ブエノスアイレスから遠く離れた辺境の地に赴任中の行政官ドン・ディエゴ・デ・サマ(ダニエル・ヒメネス・カチョ)は、妻子への思慕を募らせ、異動通知が届くのを心待ちにしている。ところが待てども待てども、その願いはかなわない。日々の雑務にうんざりし、ひそかな思いを寄せる人妻にもあしらわれているサマは、孤独感とストレスにさいなまれていく。やがてサマは功を立てようと考えたのか、地元民が恐れる盗賊ビクーニャ・ポルトを討伐する部隊の遠征に参加するのだが……。
 
本作はほぼ2部構成になっており、前半部ではへき地に左遷された単身赴任のサラリーマンのごとく、祖国への忠誠心も仕事への情熱も失ったサマの鬱屈した日常が描かれる。ストーリー展開にはさして起伏も面白みもないが、植民地の生活風景を固定カメラで捉えたショットひとつひとつが研ぎすまされており、動物の鳴き声などの自然音と電子的なノイズが入り混じった音響デザインが終始不穏なムードをかき立てる。
 
中盤には、突然の引っ越しを余儀なくされたサマがおんぼろ宿屋に身を寄せるエピソードがあるのだが、これが実に恐ろしい。壁が害虫に食い荒らされ、朽ち果てかけたその宿屋は墓場のようであり、正体不明の喪服姿の女たちがサマの前に現れるシーンはまるで心霊ホラーだ。後になってわかることだが、この〝死の気配〟が濃厚にこびりついたシークエンスは、サマがたどる皮肉で残酷な未来を暗示している。
 
サマが盗賊の討伐隊に加わる第2部については、見どころをひとつだけ記しておこう。未開の原野に身を投じた討伐隊の行く手には、異なるいくつもの先住民族が出現するのだが、そこはもはや文明人の知性や常識が一切通用しない魑魅魍魎(ちみもうりょう)の異世界だ。まさしく見る者を未知の領域へと誘うこのパートには、全身を朱色に塗りたくった原住民の襲来を映像化した比類なきアクション描写も盛り込まれている。そのビジュアルイメージの斬新さ、カットつなぎの獰猛(どうもう)さに息をのまずにいられない。
 

特異な才能、ルクレシア・マルテル監督の長編第4作

紹介が最後になったが、「サマ」を手がけたルクレシア・マルテル監督は66年アルゼンチン生まれ。これまで撮った長編映画は「サマ」を含めて4本のみ(すべて日本では劇場未公開)だが、マルテル監督の特異な才能は世界的に認知されている。カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に2度選出された実績を持ち、19年の第76回ベネチア国際映画祭ではコンペの審査員長を務めた(この年の金獅子賞は「ジョーカー」だった)。最近では、マーベルコミック映画「ブラック・ウィドウ」の監督を打診されながらも、マーベル側との意見が合わず物別れになったこともニュースになった。
 
筆者はマルテルの長編第1作「沼地という名の町」(01年、NHK-BSにて放映)は未見だが、宗教的な要素をはらんだ青春映画の第2作「The Holy Girl」(04年)、謎めいた心理劇の第3作「The Headless Woman」(08年)は米国盤DVDで鑑賞してド肝を抜かれた。U-NEXTには、ぜひともマルテルの過去作の配信もお願いしたい。
 
 U-NEXTで配信中。

ライター
高橋諭治

高橋諭治

たかはし・ゆじ 純真な少年時代に恐怖映画を見すぎて、人生を踏み外した映画ライター。毎日新聞「シネマの週末」、映画.com、劇場パンフレットなどに寄稿しながら、世界中の謎めいた映画、恐ろしい映画と日々格闘している。