第76回毎日映画コンクール女優主演賞 尾野真千子

第76回毎日映画コンクール女優主演賞 尾野真千子

2022.2.17

女優主演賞 尾野真千子「茜色に焼かれる」 人に伝える使命がある

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女優主演賞 尾野真千子「茜色に焼かれる」


第76回毎日映画コンクールの受賞作・受賞者が決まりました。2021年を代表する顔ぶれが並んでいます。受賞者インタビューを順次掲載。
1946年、日本映画復興を期して始まった映画賞。作品、俳優、スタッフ、ドキュメンタリー、アニメーションの各部門で、すぐれた作品と映画人を顕彰しています。

木村光則

木村光則

血の通った役、自分がやりたい


映画「茜色に焼かれる」で、毎日映画コンクールの女優主演賞に輝いた尾野真千子。近年、数々の作品で主要な役を演じている尾野にインタビューすると、自身が演じる役のキャラクターについて、「私、あまり考えないんです」と言い切った。その真意とは。そして、彼女の原点となったある「教え」とは――。

毎日映コン表彰式でトロフィーを手にあいさつする尾野真千子=東京都目黒区で2022年2月15日、前田梨里子撮影

コロナで「終わった」と思った

2021年5月に公開された「茜色に焼かれる」の中で、夫を交通事故で亡くし、一人息子の純平(和田庵)を育てるシングルマザーの田中良子を演じた。良子は新型コロナウイルスの感染拡大で経営していたカフェをたたんでホームセンターで働くが、うまくいかず、夜は風俗店で働く。純平はそれを知った同級生たちにいじめられる。さまざまな苦難に見舞われる母親をまさに体当たりで演じた。

「(コロナ禍で)この(映画やドラマの)業界が終わったと思いました。マスクやフェースシールドをしないといけない。キスシーンもベッドシーンもNGだとすれば、伝えることができない」

そんな心境の中、石井裕也監督から送られた「茜色――」の台本を読んで、「これだけ血の通ったものは自分がやりたいと思った」と話す。石井監督の「今撮らないでいつ撮るんだ」という熱い思いを受け取り、「私は人に何かを伝えるという使命があるんだ。それをあきらめちゃいけないと監督と台本が思わせてくれた」と振り返る。

日々、大変な思いをしている良子だが、純平の前では明るくたくましい母親を通す。そんな彼女の口癖が「まあ、頑張りましょう」だ。風俗店の同僚のケイ(片山友希)が仕事の愚痴をこぼす時も、良子はその言葉を柔らかく発して、ケイをやさしく抱きしめる。「最初はどうやって言えばいいか分からなくて嫌だったんですけど、意外と普段から言ってるな、と思ってだんだん好きになりました」

演じる役はすべて“尾野真千子”

どんなにつらい状況にあっても、ひょうひょうとしたしたたかさを保つ良子という女性を、どのように造形して演じたのか。知りたくて尋ねると、冒頭の言葉が返ってきた。「なにも考えてないんですよね。私、そんなに考えないんです」。意外な答えだった。

「その時、その時で行っているんです。だから、その日、その日で感情が違って、泣こうと思ってなかったのに、次の日の現場では泣いたりとか。その時の感情で臨みます」。そしてこうも。「演じている役はぜんぶ尾野真千子です。どうしても気持ちは作れない。絶対、自分は役の中に入りますね」

こうした言葉を聞いて、だからこそ尾野さんの演じる人物にはリアリティーがあるんだ、と納得した。役柄の人物像を築き上げて、そこに近づけて演じる俳優もいるだろう。けれどその場合、どこかにうそ臭さが出てしまう恐れがある。尾野さんの場合は、もちろん演じる人物の置かれている状況を認識し、セリフも覚えて臨むけれども、感情の置き場所は常に「自分=尾野真千子」の中にあるから、発せられる言葉や気持ちにうそがないのだ。

ただ、それは簡単にできる芸当ではない。21年公開の映画で言えば、「茜色――」のほかに、「明日の食卓」ではゆがんだ心を持つ息子の母親を、「ヤクザと家族 The Family」ではヤクザの男と娘の間に挟まれて悩む母親をそれぞれ演じ分けた。


「気持ちにうそをつかない」恩師の教え

おそらくだが、演じる役柄への共感力が強いからこそ、どんな役でも私たち見る側の心を揺さぶるのだろう。ならば、その原点はどこにあるのか。尾野さんを中学生の時に見いだし、俳優となるきっかけを作った河瀬直美監督について尋ねたとき、その答えが見えてきた。

「『気持ちを伝える』『気持ちにうそをつくな』というのが、河瀬直美という親の教えです。それには共感してリスペクトしています。これからも受け継いでいきます」とキッパリ。

奈良県にある山村の中学3年生だったとき、映画「萌(もえ)の朱雀(すざく)」のロケハンのために訪れた河瀬監督にいきなりスカウトされ、主役に抜てきされた。

河瀬監督は、俳優たちに撮影前から演じる人物として生活してもらい、撮影もストーリー順に行う「順撮り」という手法で知られる。こうして、俳優に役になりきらせるのだ。

ただ、「役になりきる」というのは、別人格になるということとは違うのだと、今回のインタビューで気付かされた。河瀬監督が求めているのは「役を深く理解した上で、自分の心にわき起こる気持ちを大切にする」ことではないか。そして、10代半ばで「萌の朱雀」、20代半ばで河瀬監督の「殯(もがり)の森」に出演した尾野は、河瀬イズムの一番の理解者であり、その原点が彼女の俳優人生を支えているように思えた。

不惑を迎え、「どんどん開けていく」

昨年11月に不惑を迎えた。「40歳になったんだなと思うんですけど、頭がついていかない。けど、お父さんも、お母さんも多分そうだったんじゃないかなと思ったんです」

年齢を重ねて見えるようになったものがあるという。「今までは自分のことで精いっぱいだったんですけど、共演者や周りが見られるようになった。共演者、監督、スタッフへの感謝の思いが大きくなりましたね」

息子を演じた和田には「明日泣かなきゃいけないんです」と相談され、「それが心地よかった」と話す。「彼が監督にいろいろ問われ、悩みながら成長していくのがうれしかった」。その和田と片山は「茜色――」で、毎日映コンのスポニチグランプリ新人賞を受賞。「自分の受賞よりそちらのほうがうれしかった」と相好を崩した。

「40歳ってよく脂が乗るって言うけれど、そんな女性、女優になれたらいいなと思う。どんどん開けていくような気がして、楽しみにしています。女性が男性を演じることもできるでしょうし、恋愛ものだってまだまだ捨てていない」と笑った。演じる原点を大切にし、自分のものとしている彼女なら、どんな役にも挑んでいけるのではないか。その可能性は限りなく広がっていくように思えた。

茜色に焼かれる

夫を事故で失った良子(尾野真千子)は、ひとりで息子を育てている。コロナ禍で営んでいたカフェが閉店し、スーパーのバイトと風俗店での仕事を掛け持ちして生活費をまかない義父の施設入居費を払う。良子は「夫の死への謝罪がない」と賠償金の受け取りを拒否し、苦労や屈辱を「頑張りましょう」と受け流す。第68回「舟を編む」で日本映画大賞、監督賞の石井監督が、今の世相を取り込んで、懸命に生きる母親の姿を描く。

ライター
木村光則

木村光則

きむら・みつのり 毎日新聞学芸部副部長。神奈川県出身。2001年、毎日新聞社入社。横浜支局、北海道報道部を経て、学芸部へ。演劇、書評、映画を担当。

カメラマン
ひとしねま

長谷川直亮

毎日新聞写真部カメラマン

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