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2024.1.02
英国の監督Q&A で目撃〝日本では遭遇し得ない光景〟にドッキリ
2021年の春、ロンドンにたどり着いた私はその足で映画館に向かいたい気持ちに駆られていたが、コロナ禍で映画館が全て閉館されていてかなわなかった。その数週間後、文化施設が一斉にリオープンとなりようやく訪れた映画館が、英国映画協会(British Film Institute 、BFI)が運営するBFI Southbank であった。ここで私は〝日本では遭遇し得ない光景〟を目撃し、早々に英国文化の洗礼を受けたのだった。
筆者が初めて体験した、BFIでの「Afer Love」上映後のQ&A
「ムスリム・ブリティッシュとは思っていない」
その時に鑑賞したのは「After Love」(アリーム・カーン監督)という映画であった。夫に先立たれたムスリムの女性主人公が、夫の秘密を探る旅に出る物語。余分な説明がないながらも文化が幾重にも重なった、示唆に富んだ作品だった。英国インディペンデント映画賞で監督賞などを受賞しているが、残念ながら日本では未公開。機会があれば、ぜひ鑑賞していただきたい。
この上映後に監督のQ&Aがあり、私のロンドン初鑑賞は、監督登壇付き上映の初体験ともなった。リスニングなど、まだまだままならない渡英後1カ月足らずであったにもかかわらず、こと映画に関しては自身の耳がすんなり受け入れるのに感動した記憶がある。そこで興味深かったのは、BFIのプレゼンターがこの映画に関して「ムスリム・ブリティッシュフィルム」と形容した際に、監督が即座に「あなたはこの映画をそのようにカテゴライズしているのですか?」と聞き返したことであった。
「私は自分をイギリス人だと思っているし、この映画は私のバックグラウンドから生まれたものであるものの、〝ムスリム・ブリティッシュ〟だとは思っていません」。決して怒ってはいなかったが、映画と同じく、監督の思慮深い一面を垣間見たような気がした。
BFIでの「エターナル・ドーター」上映後、Q&Aに登壇したプレゼンターとジョアンナ・ホッグ監督(右)
文化的背景を考える契機に
プレゼンターの決めつけのような質問を監督自身が訂正する場面は、この後もBFIで何度か遭遇した。先日は「エターナル・ドーター」の上映でも、同様のことがあった。上映前に登壇したジョアンナ・ホッグ監督にBFIのスタッフが、ティルダ・スウィントンが主演し、音に特徴があるからと「MEMORIA メモリア」(アピチャッポン・ウィーラセタクン監督)を引き合いに出したところ、ホッグ監督は「全く似た要素はない」と即座に否定した。
そうしたやり取りが交わされるのは、質問者のデリカシーのなさというより、英国の「〝間違った質問〟を恐れない」雰囲気のせいではないかと思う。日本ではそれがタブーのように扱われているように感じるが、どうだろうか。
いろんな監督のQ&Aで、人種、アイデンティティー、性的指向などさまざまなバックグラウンドを持った話を聞いてきた。それを鏡のようにして、ロンドンにいる自分自身についても考える場面が多々ある。
BFI southbankのチケット売り場
BFIが担う二つの役割
さてそのBFI、日本の映画ファンにはあまりなじみがないかもしれないが、ロンドンで映画について語るには避けて通れない。英国映画界で重要な役割を果たしている。
BFIの役割は大きく二つ。一つは「フィルムアーカイブ」としての機能で、映画素材の保管とそれらを活用した特集上映の開催だ。つまり「古い映画に、新たな観客を獲得していく」こと。大規模な特集上映は頻繁に行われ、〝有名監督のあまり有名ではない作品〟が上映される機会も多い。日本ではスクリーンはおろかどこを探しても鑑賞が難しい映画もあるから、私自身もここで多くの旧作と出合った。4Kレストアなどきれいな状態で鑑賞できることも素晴らしいが、ほぼ全ての映画館がデジタル化された現状で、フィルム上映設備があることも特筆しておくべきだろう。
筆者が集めたBFIの作品紹介チラシ。情報満載だが、BFIに行かないと入手できない
観客を開拓 才能を世界へ
もう一つの役割は「新たな才能を世界に届ける」ことだ。「BFI Fund」という基金を基に、National Lottery(宝くじ)からの援助を得て、若手監督の製作支援をしたり作品と配給会社をつなげたりといった後押しを積極的に行っている。日本で23年5月に公開されてヒットした「aftersun/アフターサン」(シャーロット・ウェルズ監督)もBFIより資金の一部を得ている。過去の作品でいえば「英国王のスピーチ」も「リトル・ダンサー」もBFIの資金援助を受けた。
BFIの配給業務も、ここに含まれるだろう。前述の「エターナル・ドーター」や深田晃司監督の「LOVE LIFE」のロンドン配給もBFIだった。配給した作品については、監督の過去作の特集上映を組んだりトークショーを開催したりと後押しもするから、ファンにとってもありがたい。
BFIのギフトショップ(httpswhatson.bfi.org.ukOnlinedefault.aspBOparamWScontentloadArticlepermalink=membersfestiveevening)
世界が注目「オールタイムベスト」
BFIはまた、映画誌「サイト・アンド・サウンド」も出版している。定期購読が基本だが、BFIのギフトショップに行けば購入できる。パンフレット文化がないロンドンでは、映画鑑賞前後の読み物は映画サイトのレビューが主流だ。しかしBFIの映画館には、「サイト・アンド・サウンド」からの抜粋で構成された印刷物が置いてある。紙ペラ1枚だが作品レビュー、監督インタビューなど情報が詰まっている。過去作の上映の際は、公開当時の記事も読める。私はBFIに行く度にその紙を集め、すでに30枚近くになった。
「サイト・アンド・サウンド」は10年ごとに「The Greatest Films of All Time」(日本で言えば「オールタイムベスト10」)を選出する。BFIが選んだ映画監督、批評家、プロデューサーなどが自身の最高傑作を10本選出し(オールタイムベストではあるが、その年々でおのおのの10本が変わるのは当然である)、その集計結果と全投票者の投票内容を公開している(2022年版「The Greatest Films of All Time」はこちら)。
「ジャンヌ・ディエルマン」1位に物言いも
それぞれが選出したラインアップは個性が光り、世界の映画ファンの注目の的だ。たとえば「RRR」のS・S・ラージャマウリ監督が選出したオールタイムベストには「ライオン・キング」「アラジン」「カンフー・パンダ」など、世界中のシネフィルが集まった中で意外な作品が並び、「これらがRRRの源泉か」とファンが沸いていた。
2022年の総合1位は、シャンタル・アケルマン監督の「ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地」(1975年)。女性監督の作品が1位になったのは初めてで、しかもこの作品は前回36位だったのが、突然の大躍進。この結果に対し、ポール・シュレイダー監督は「映画の歴史をくんだ選出ではなく、ポリティカルコレクトネスが生んだ結果である」と苦言を呈していた。
BFI「ロンドン映画祭」のレッドカーペット
実は華やか ロンドン映画祭
またBFI Southbank並びにSouthbank Centreは、毎年9〜10月に開催される英国最大の映画祭「ロンドン映画祭」のメイン会場でもある。ロンドン以外でこの映画祭についての話題をあまり聞かないが、とても華やかだ。SOHOと呼ばれる中心地の映画館も会場となり、一般の観客にも開かれている。ヨーロッパ中から監督、俳優がやってくるし、米アカデミー賞を受賞した英国人の監督や俳優もさらっと登場する。自国の俳優なのだから当たり前ではあるが、その〝当たり前〟感覚の違いに毎度驚かされる。今年はハリウッドの俳優組合のストライキに重なって静かな映画祭ではあったが、クロージングにはダニエル・カルーヤが、それこそさらっと登壇していた。
BFIがお気に入りのわけは
個人的にはBFI Southbankスクリーン1がロンドン市内で一番上映環境が良いと感じている。BFIでは映画祭でなくても、世界各国の俳優や監督によるQ&Aが頻繁に行われる。ヨーロッパ在住の監督がロンドンでプロモーションを行う場合、週末を使って2~5館の映画館でトークショーを行うのが一般的だ。どの映画館かは作品によってさまざまであるが、BFIは外せない映画館として9割9分その一覧に名を連ねている。前述の通りパンフレットがないために、作り手の生の声が聞けるのは非常に貴重なチャンスなのである。
25歳以下(学生割ではないことを強調しておきたい!)であれば、誰でも3ポンド(約540円)で映画が見られる。ロンドンで映画を見たいと思っている人は、ぜひ選んでほしい。
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