「ロストケア」©2023「ロストケア」製作委員会

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2023.3.24

「ロストケア」 穴が開いた長寿社会で

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

小さな町のケアセンターに勤める介護士、斯波(しば)(松山ケンイチ)は献身的な仕事ぶりで誰からも慕われていたが、その裏で施設利用者を大量に殺害していたことが明らかになる。葉真中顕の小説を映画化したこの作品、高齢化社会の過酷な現実をエンターテインメントの中に描こうとした意欲作。

物語の前半はミステリー調。施設利用者の家で利用者と施設管理者の死体が発見される事件を端緒に、検事の大友(長澤まさみ)が斯波に疑いの目を向ける。物証がない中で数字に強い事務官の椎名(鈴鹿央士)がデータから真相に迫る過程は、なかなかスリリング。しかし映画の主眼は斯波が犯行を認めてからの、大友との議論にある。

「誤った正義感をふりかざした身勝手な大量殺人」と断罪する大友に、斯波は「殺人は最後の介護。本人と家族を救った」と主張する。斯波と父親との悲劇的関係と、母親を恵まれた施設に預けた大友とが対比され、社会階層による経済格差も前景化する。「他人の人生に決着をつける権利はない」と斯波を責める大友は、「この社会には穴が開いている。落ちたらはい上がれない」「かつての自分がしてほしかったことをした」と反論する斯波に言葉を失う。

高齢化社会の問題を、長いセリフで箇条書きするような直球展開。誇張された極端な状況を劇的、情緒的に演出して「感動」へと導く作りは、少々あざとい。

しかし、松山と長澤のメリハリある演技で緊迫感が途切れない。何より映画が問いかける内容が真摯(しんし)で切迫している。長寿が実現しても必ずしも幸福につながらず、“死ねない”不幸を招くという現実。ヤングケアラーや老老介護、介護殺人や無理心中などが報じられる中で、エンタメを通して問題提起する姿勢は買いたい。前田哲監督。1時間54分。東京・テアトル新宿、大阪・TOHOシネマズ梅田ほか。(勝)

異論あり

主人公2人が検事の執務室や面会室で向き合う“対決”シーンが本作の肝だ。鏡やガラスなどの反射物を取り込み、両者の長い対話を単調にならずに見せる映像の作り込みが秀逸。検事の大友が黒いスーツ、大量殺人者の斯波が白いシャツをまとうコントラストも際立ち、正義と悪の価値観が逆転するドラマを鮮烈に印象づける。しかし物語が佳境に差しかかるにつれ、エモーショナルな音楽が鳴り響き、いくつもの重い問題提起が情に流されていく展開にがっかり。映画そのものが慟哭(どうこく)してしまっては、見ているこちらが興ざめする。(諭)

技あり

板倉陽子撮影監督が、鏡や窓の反射などを積極的に使って撮った。秀抜なのは裁判の後、大友が斯波のアパートに残された赤い折り鶴を手にした後の展開だ。時間経過の暗闇から大友のアップ、ドアの開く音。音通し穴のあるアクリル板に、斯波が大友と同じ向きに座るのが映る。拘置所の面会室だ。2人の実像とアクリル板の鏡像とで、実際の光景と違った感じの画(え)を作る。たとえば画面上手にボケた大友の背中、中央に目線上手の斯波、背中越しに目線上手の大友。大友が過去を告白する場面に、前田監督が言う「魂のバトル」が見えた。(渡)

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