「バービー」© 2023 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.

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2023.8.19

余韻を味わう3作 「自分の価値って……」悩める男女を勇気づける「バービー」

さあ、夏休み。気になる新作、見逃した話題作、はたまた注目のシリーズを、まとめて鑑賞する絶好機。上半期振り返りをかねつつ、ひとシネマライター陣が、酷暑を吹き飛ばす絶対お薦めの3本を選びました。

山田あゆみ

山田あゆみ

夏真っ盛り! 深い余韻と独特の世界観で、暑さを忘れさせてくれる映画を3作品紹介したい。
 

男にダメ出し「よく言ってくれた!」

まずは、「レディ・バード」「ストーリー・オブ・マイ・ライフ/わたしの若草物語」のグレタ・ガーウィグ監督による、公開中の最新作「バービー」だ。
 


 
誰もが悩みなく幸せに暮らすバービーランドで暮らすバービーが人間界を訪れ、「完璧」ではない世界に衝撃を受けるというストーリーだ。バービー役をマーゴット・ロビー。バービーのボーイフレンド(?)のケン役をライアン・ゴズリングが務める。
 
キラキラしたピンクの世界の中、人形さながらのスタイルのマーゴット・ロビーが次々に衣装を変える姿は単純に見ていて楽しい。ライアン・ゴズリングの徹底的にコミカルな演技には、ニヤつきが止まらない。エンタメ要素盛りだくさんながら、女性目線で痛烈に男性にダメ出しするようなセリフが多く「よく言ってくれた……!」と胸がすっとした。


「バービー」© 2023 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.

女VS男ではない 全人類をエンパワーメント

だが、この映画は女VS男の対立を描くものではない。脇役として生み出された故に、自分の存在価値に悩むケンにもスポットライトが当てられる。人間界で男性主導の社会を目にしたケンは、今までバービーありきだった自分が、初めて主役になる快感を得た。
 
そして、ケンはバービーランドを男性主導社会=ケンダムに変えてしまう。だが、バービーたちの反撃に遭い自信喪失してしまうのだ。バービーは「ケンはケンだ」と言って励ます。だれもが、だれかの引き立て役のためにいるのではなく、ステレオタイプにはまって生きるべきでもない。性別に関係なく「自分の価値ってなんだ……?」と悩む全人類に向けて勇気を与える、新たなエンパワーメントエンタメムービーとなっている。


 

女性の生き方に鋭く切り込む

ここ数年の間で女性を描いた映画は増えている。今年公開された作品でいうと、#MeToo運動の火付け役となったニューヨーク・タイムズ紙の記者の奮闘を描いた「SHE SAID シー・セッド/その名を暴け」や、連続レイプ事件が起きた村で被害女性たちが議論する姿を描いた「ウーマン・トーキング 私たちの選択」、そして、映画業界で働く新人社員が追い詰められていく姿を、ドキュメンタリータッチで描いた「アシスタント」などが印象深い。どれも女性の権利や、組織の権力構造への疑問を強く訴えるものだったが、「バービー」もこれらの作品と同じく女性の生き方について鋭く切り込んだ作品だ。


 

好きな仕事 能力に応じて

バービーランドのバービーたちは、大統領や裁判官、小説家や工事現場の作業員など、それぞれが好きな仕事に就いていた(というかその型で作られた)が、現実世界のバービー人形は、あくまで「女性の社会進出を応援しています」というマテル社の建前でしかなかった。その表れとして、社長が「新しい女性像を世界に広めたい」と言う割に、マテル社の幹部は全員男性、女性社員のアイデアを取り入れるどころかはねつけていた。徹頭徹尾、社長や幹部らをオーバーすぎるほど滑稽(こっけい)に描き、横暴な権力者たちの愚かさを皮肉っている。
 
女性たちは就きたい仕事に能力に応じて就けるようになるべきだし、ステレオタイプの女性像に縛られる必要はない――。かつて、ブロンドでスタイル抜群の理想の女性像を広く定着させてしまった「バービー人形」が言うからこそ、このメッセージに重みがある。しかしバービーは、現実世界を変えようとはしない。さまざまな偏見や悪意に満ちた社会で、険しい道と知りながら自分自身として生きることを選ぶ。現実を知っているわたしたちは、そんなバービーを応援し、同時に励まされるのだ。
 

美と恐怖が共存するカニバリズム純愛映画「ボーンズ アンド オール」



「ボーンズ アンド オール」©2022 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

余韻のある映画というと、切ない後味を残す「ボーンズ アンド オール」も外せない。「君の名前で僕を呼んで」のルカ・グァダニーノ監督×ティモシー・シャラメ主演の再タッグによるホラーロマンス映画である。
 
人肉を食べたい欲求を隠して生活してきたマレン(テイラー・ラッセル)は、高校の同級生の家でトラブルを起こしたことをきっかけに、父親から見放され路頭に迷う。出生証明書を手がかりに、幼い頃に出て行った母親を探すことにしたマレンは、同じく食人族のリー(ティモシー・シャラメ)と偶然出会い、ひかれあっていく。母親を探す旅の道中、同族との出会いや食べるために人を殺すことについて、2人は思いをぶつけ合いながら絆を深めていく。


 

血の跡すら芸術的 ティモシーの美貌と存在感

「将来の夢を語り、自分を大切にする、私たちにそれはできない」と言うマレンのセリフが印象的だ。マレンは自分の欲求を満たすことで人を傷つけてしまうことに罪悪感を抱き、一方で開き直って生きるリーも心の底では複雑な悲しみを抱えていた。「人を食べる」こと以外は平凡な若者であるマレンとリーは愛を求めながらも孤独に生きるしかなかった。10代の男女が苦しみながらも、無二の存在である互いを愛する姿には、胸が締め付けられる。
 
生々しいカニバリズム描写はあるが、不思議と血の跡すら芸術的に見えるのは、ルカ監督の美的センス光る演出と、ティモシー・シャラメの希代の美貌と存在感あってのもの。美と恐怖の共存に酔いしれることができる作品だ。Prime Videoで見放題独占配信中。
 

トム・ホランドの桁違いの演技力を堪能「クラウデッド・ルーム」


「クラウデッド・ルーム」画像提供 Apple TV+

1995年生まれのティモシーと同世代の若手スター俳優というと、「スパイダーマン」シリーズで知られる、96年生まれのトム・ホランドが思い浮かぶ。
 
トムが主演兼製作総指揮を務めたドラマシリーズ「クラウデッド・ルーム」がApple TV+で配信中だ。全10話。実在の人物で連続レイプ事件を起こした多重人格者のビリー・ミリガンをモデルにした、ダニエル・キイスのノンフィクション小説「24人のビリー・ミリガン」を元にしたサイコスリラーだ。


 

銃撃事件後に消えた人たち

舞台は79年のニューヨーク。平凡な青年ダニー(トム・ホランド)は親友のアリアナ(サッシャ・レイン)に頼まれ2人で銃撃事件を起こしたのち、父親の知り合いであるジャック(ジェイソン・アイザックス)に会いにロンドンへ逃亡する。その後、ダニーは逮捕されたが、アリアナは失踪しジャックも姿を消してしまった。
 
尋問官のライア(アマンダ・セイフライド)は、ダニーが多重人格者であることに気づくが、当時多重人格は精神疾患として認知されていなかった。その上、ダニーには多重人格の自覚はなく、アリアナやジャックの存在を信じ込んでいた。物静かで優しい性格のダニーがなぜ多重人格者になったのか、その理由を知ったライアはダニーを無罪にしようと、裁判で奮闘する。


 

実力派を1年休養に追い込んだ精神演技

このドラマの見どころは、6話目以降にやって来る。第5話までは、ダニーの証言を元に、アリアナなどの別人格をそれぞれ俳優らが演じているが、第6話からはトム自ら演じ分けているからだ。奔放で感情的な若い女性のアリアナ、冷静沈着な英国紳士のジャック、他にも性格や体格の違うキャラクターを複数演じ分けるトムの演技には、ただただ驚かされた。表情、たたずまい、声色など一連の繊細な演技で、しっかりと別人に見えるのだ。人格が切り替わる瞬間を見せたシーンには鳥肌がたった。
 
ちなみにトムは今作の9カ月間の撮影ののち、ハードワークと役柄の影響により「メンタル面でひどく打ちのめされた」とインタビューで語っている。現在は健康を取り戻すために1年間の休業中だ。
 
確かに、精神的に疲れても仕方ないと思える役柄だ。難役を見事に演じ切ったトムを見るだけでも十分に価値あるドラマである。ダニーの人間性をじっくり描いているからこそ、後半の法廷劇では最後までダニーの行く末が気になってしまう。精神世界に深く潜り込むような独特な世界観の今作は、現実を忘れて楽しませてくれる一作である。

ライター
山田あゆみ

山田あゆみ

やまだ・あゆみ 1988年長崎県出身。2011年関西大政策創造学部卒業。18年からサンドシアター代表として、東京都中野区を拠点に映画と食をテーマにした映画イベントを開催。「カランコエの花」「フランシス・ハ」などを上映。映画サイトCinemarcheにてコラム「山田あゆみのあしたも映画日和」連載。好きな映画ジャンルはヒューマンドラマやラブロマンス映画。映画を見る楽しみや感動をたくさんの人と共有すべく、SNS等で精力的に情報発信中。