「ロングレッグス」

「ロングレッグス」© MMXXIII C2 Motion Picture Group, LLC. All Rights Reserved.

2025.3.13

<微ネタバレ>2025年上半期イチオシの「ロングレッグス」 何もかも理不尽で恐ろしい

ハラハラドキドキ、謎とスリルで魅惑するミステリー&サスペンス映画の世界。古今東西の名作の収集家、映画ライターの高橋諭治がキーワードから探ります。

筆者:

高橋諭治

高橋諭治

スリラー&ホラー・ジャンルにおける今年上半期のハイライトというべき「ロングレッグス」は、世にも奇怪なシリアルマーダー映画として幕を開ける。犯人が内なるゆがんだ欲求に駆られて凶行を重ねる連続殺人は、衝動的な無差別殺人とは異なり、被害者や犯行の手口などに何らかの傾向があるのが常だ。例えば、映画史上最も有名な連続殺人スリラーのひとつである「セブン」(1995年)のジョン・ドゥ(ケビン・スペイシー)は、キリスト教の〝七つの大罪〟になぞらえた猟奇殺人を実行した。実にキャッチーで、おぞましい殺人の法則である。


30年間に10回 同じ差出人のメッセージ

「セブン」では1週間のうちに7人の被害者が命を奪われたが、「ロングレッグス」の連続殺人は犯行期間の〝長さ〟と、被害者の〝数〟の両面において「セブン」を大幅に上回る。ごく普通の父親が妻子を殺害したのち、自らの命を絶つという陰惨な事件が、60年代から30年間のうちに10回も発生。いずれの現場にも外部からの侵入者の痕跡はなく、謎めいた暗号のメッセージが残されている。差出人の署名は〝ロングレッグス〟。オレゴン州のFBI(連邦捜査局)支局は、ロングレッグスを「直接手を下さずに惨殺事件を引き起こした人物」と見なして行方を追うが、目撃情報すらまったくない。そして本作の主人公である新人捜査官リー・ハーカー(マイカ・モンロー)が捜査チームに抜擢(ばってき)され、新たな事件が勃発するという物語だ。

むろん、デビッド・フィンチャー監督が七つの事件のうち六つの現場を細部にこだわって映像化した「セブン」と、ストーリーの前提として「過去30年間に10の事件が起こった」という設定を提示する本作を、単純に比較するつもりはない。それでも本作はシリアルマーダーものの未解決事件映画としてめっぽう面白い。

「ロングレッグス」© MMXXIII C2 Motion Picture Group, LLC. All Rights Reserved.

「羊たちの沈黙」「ゾディアック」、実際の事件からもヒント

自作のオリジナル脚本を映画化したオズグッド・パーキンス監督は、インスピレーションを得たいくつもの作品のタイトルを、インタビューで率直に明かしている。前述の「セブン」に加え、FBIの女性捜査官ものである「羊たちの沈黙」(91年)、新聞社に暗号文を送りつけた連続殺人鬼の実録映画「ゾディアック」(2006年)がその代表格だ。さらに劇中に登場する重要なキーアイテムである等身大の少女人形は、96年にコロラド州で発生したジョンベネ・ラムジー殺害事件からヒントを得たという。

寡黙で無愛想なハーカー捜査官は、上司のカーター(ブレア・アンダーウッド)が舌を巻くほどの並外れた直感で、次々と事件の有力な手がかりを探り当てていく。ところが、その先には常軌を逸した事態が待ち受けている。映画のジャンルがスリラーからホラーへと変貌する奇想天外なプロットのひねりこそは、本作の最大のオリジナリティーだ。30年間におよぶ未解決事件は、超自然的な悪魔が糸を引くオカルト連続殺人だったことが、映画の比較的早い段階でほのめかされる。ニコラス・ケイジ演じる悪役ロングレッグスは、あくまで生身の人間なのだが、風貌も言動も、事件への関わりようも、何もかも理不尽で恐ろしい。

オズグッド・パーキンス監督 長編4本目で大ブレーク

74年生まれのオズグッド・パーキンスは「フェブラリィ 悪霊館」(2015年)で監督デビューし、Netflixオリジナル映画「呪われし家に咲く一輪の花」(16年)、グリム童話の翻案「グレーテルとヘンゼル」(20年)を発表。しかし同じ10年代半ばのデビュー組であるジョーダン・ピール、ロバート・エガース、アリ・アスターのように、すぐさま名声を得ることはできなかった。気鋭の配給会社NEONと組んで全米大ヒットを記録した「ロングレッグス」が、長編4本目でのやや遅咲きのブレークとなった。

本作を含めたパーキンスの4作品には、テーマや作風にいくつかの共通点がある。とりわけ筆者が注目するのは、いずれの作品も女性の受難を描いていることだ。ネタバレを避けるため詳細は伏せるが、本作のリー・ハーカーも呪われた宿命を背負っている。未解決事件の解明に挑む捜査官でありながら、同時に連続殺人の〝渦中の人物〟でもあるハーカーは、終盤に想像を絶する運命をたどるはめになる。

誕生日殺人鬼の迷惑なプレゼント

多くの商業映画は、危機的な状況に陥った女性主人公が勇気を奮い、希望をたぐり寄せる姿を描くものだ。ところが生粋のホラー作家であるパーキンスは、そうしたポジティブな話には興味がない。彼が描く女性たちは冒頭の時点で孤独と不安にさいなまれていて、まったく勝ち目のない苦難との闘いを強いられていく。それゆえにパーキンスのホラー映画には、逃れようのない呪縛に抑圧された女性たちのメランコリックな悲哀が色濃くにじむ。この点において「フェブラリィ 悪霊館」は、もっと評価されてしかるべきオカルト・スラッシャー映画だと思う。

あっと驚く形でジャンルを横断する「ロングレッグス」は、明らかに入り口(犯罪捜査スリラー)と出口(残酷童話風のオカルトホラー)が異なっており、見る者にアクロバティックな映画体験をもたらす作品だ。静謐(せいひつ)で不気味なトーンを好むパーキンスは、今回もその持ち味を遺憾なく発揮しながら、過去3作品ではほとんど見られなかったジャンプスケア演出、ユーモアのセンスもさく裂させ、まれに見るほど恐ろしく奇妙キテレツで、どうしようもなく物悲しい会心の一作を撮り上げた。

ちなみに「セブン」の〝七つの大罪殺人事件〟のように、本作の事件を命名するならバースデーマーダー、すなわち〝誕生日殺人事件〟がふさわしいだろう。ジーン・ウェブスター作の児童文学「あしながおじさん」のダディーロングレッグス(=あしながおじさん)は、身寄りのない少女に奨学金を贈ったが、本作のロングレッグスは誕生日にとんでもなく迷惑なプレゼントを運んでくる。このピエロのような怪人が、ラストシーンのために長年かけて用意した、とっておきのプレゼントをぜひとも劇場でご覧あれ。

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