(C)2021『花束みたいな恋をした』製作委員会

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2021.1.28

この1本:花束みたいな恋をした 心模様、視線の熱量で

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

「Woman」「anone」の坂元裕二脚本、映画「罪の声」も記憶に新しい土井裕泰監督とくれば、半ば品質保証付き銘柄。男女が出会い恋に落ちて別れるまでを、日記のように追う。手だれの2人によるボーイ・ミーツ・ガールのお手本のような作品だ。

大学生の麦(菅田将暉)と絹(有村架純)は終電を逃し、深夜の私鉄駅で出会う。音楽や文学の趣味が同じで意気投合、デートを重ねやがて一緒に住み始める。春が来て卒業するとそろって就職はせずフリーターになる。麦が生活の基盤を築こうと、イラストレーターの夢を棚上げして就職してから、少しずつ歯車がかみ合わなくなって……。

舞台は2015年から20年まで。「やりたくないことはしない」と夢を追う学生時代の蜜月期が、社会人になって色あせる恋愛の起承転結は、まるで1970年代のフォークソングのごとき古めかしさ。それが今っぽく見えるのが、脚本、監督の力だろう。

グーグルストリートビューの奇跡とか女子大生ラーメンブログとか、ネット時代の世相を取り込み、会話には今村夏子、押井守、きのこ帝国などなど、2人の共通項にこの時代の学生アイテムがポンポン飛び出す。テンポのよい会話と緩急を心得た展開で気持ちよく進む。そして俳優の達者な芸。口げんかの最中に、麦が瞬間見せる「めんどくさいって顔」、絹の「またかって顔」が、まさに〝顔に書いてある〟ように的確だ。恋愛のステージの変遷を、視線の熱量で調整する。

通俗を押し通し、細部と小技には一切手を抜かない。会話と内心の独白で、登場人物の心情は余すところなく表現する。といって、浮ついたキラキラ系の装飾や過剰な愁嘆場は持ち込まない。丹精込めた画面に、情感は自然と付いてくる。余白や余韻は乏しいものの、隅々まで手が届いたウエルメードな1本。2時間4分。東京・TOHOシネマズ日比谷、大阪・TOHOシネマズ梅田ほか。(勝)

ここに注目

同じ監督と脚本家のドラマ「カルテット」でも、その繊細な人間関係の描き方に感嘆したが、今作はストーリーがシンプルな分、より細やかさが際立つ。主演2人の演技力あってこそではあるが、漫画、舞台、ラジオ番組など、実在の固有名詞が次々と出てくる会話によるところも大きいように思う。それらの名詞を知っている人はより楽しめるだろうが知らなくても問題ない。こんなふうに私たちは身近な人と、日々固有名詞を持つものについて話し、それを通して理解し合ったり、小さなズレを感じたりしているのだと気がついた。(久)

技あり

鎌苅洋一撮影監督はカメラを器用に操作して、若い2人を追っていく。難しい回り込みの移動撮影も多い。2人が「わたしの星」観劇の約束についていさかう夜。丁寧にカットを重ねるのだが、まずソファで本を開いた絹を撮るのに、部屋の間仕切り代わりの本棚を越して、ほどよくボケた「わたしの星」のポスターを見せながら回り込む。「そっと寄り添ったカメラワークは、撮影の鎌苅君が選んだカメラポジションに基づいているが、その的確な距離感がこの映画の立ち位置を決めている」と土井監督は言う。信頼に立派に応えた撮影だ。(渡)