「リプリー」より © 2021 Netflix, Inc.

「リプリー」より © 2021 Netflix, Inc.

2024.4.15

「太陽がいっぱい」と甲乙つけがたい「リプリー」 同じ原作でもモノクロ・ノワール調の別作品

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、村山章、大野友嘉子、梅山富美子の4人です。

勝田友巳

勝田友巳

Netflixで独占配信中のシリーズ「リプリー」は、パトリシア・ハイスミスのミステリー小説「TheTalented Mr. Ripley(才能あるリプリー氏)」のドラマ化作品だ。この小説、アラン・ドロン主演、ルネ・クレマン監督の傑作「太陽がいっぱい」(1960年)の原作として知られている。河出文庫版の邦題も映画に倣って「太陽がいっぱい」である。
 
この映画が名作として語り継がれるのは、タイトルのおかげでもあると思う。映画の原題は「Plein soleil(完全な太陽)」。「太陽がいっぱい」という名邦題は、日本の配給会社にいた、現在映画評論家の秦早穂子が命名したという。ニーノ・ロータによる音楽の美しい旋律、ラストカットの大どんでん返し、そして若きアラン・ドロンの魅力が、タイトルと分かちがたく結びついた。
 
同じ小説が原作でも「リプリー」に「太陽がいっぱい」というタイトルは絶対に似合わない。リメークというより再映像化。貧しい青年のトム・リプリーが富豪の息子を殺してなりすまし、完全犯罪をもくろむという大筋は同じでも、こちらはモノクロの映像とノワール調の語り口で雰囲気はガラリと違う。リプリーの犯罪の軌跡を全8話でじっくり見せて、「太陽がいっぱい」とはまったく別の、しかし大いに見応えのある作品となった。
 

富豪の息子になりすます狡猾(こうかつ)な青年

舞台は60年代初め。ニューヨークでせこい詐欺を繰り返していたリプリー(アンドリュー・スコット)は、造船所を経営する裕福なグリーンリーフから、イタリアに行ったまま戻らない息子ディッキー(ジョニー・フリン)を連れ戻すよう依頼される。ディッキーの友人たちから断られたあげく、リプリーを捜し当てたのだという。費用はグリーンリーフ持ち、巨額の報酬も提示され、困窮していたリプリーは渡りに船と引き受ける。ディッキーが滞在するイタリア・アトラーニに赴いて、恋人のマージ(ダコタ・ファニング)と一緒にいたディッキーを捜し当てる――というところまでが第1話。
 
「太陽がいっぱい」がタイトル通り、イタリアの陽光と海の明るく豊かな色彩をまぶしいほど画面に取り込んでいたのに対し、こちらはモノクロの陰影を強調した映像で、物語を古い町並みの濃い影の中に置く。悠揚迫らずゆったりとした語り口で、リプリーの手際を見せ、緊迫感をジワジワと高めていく。
 
アラン・ドロンが陽なら、アンドリュー・スコットは陰。ドロンは当時、デビュー間もない25歳。イタリアの強い日差しに美貌と引き締まった肉体をさらし、リプリーの残酷さと若さ故の危うさを絶妙な配合で共存させて、はまり役だった。「太陽がいっぱい」の成功で、世界に名前を知られることになる。一方、アイルランド出身のスコットは、落ち着いた演技派として実績を重ねている。最近では「異人たち」で主演。表情を動かすことなく感情も表さず、計算高く大胆なリプリーを不気味さもまじえて演じる。イタリアの古い町並みが作る暗がりに溶け込んで、ドロンとは全く別の犯罪者像を造形した。
 

ナポリ、ローマ、パレルモ……イタリアの名所たどり

第2話で登場人物が出そろって、物語は第3話から本格的に動き出す。リプリーは計画通りディッキーを殺害し、彼になりすます。頭脳明晰(めいせき)で何でも器用にこなすリプリーは、ディッキーのタイプライターを使い、筆跡をまねてサインした手紙をニューヨークの両親やマージに送り続け、ディッキーが生きているように思わせる。ディッキーの名前でアパートを借りホテルに泊まって足跡を残し、リプリーに疑いの目を向けるマージやディッキーの友人フレディをかく乱する。
 
やがて第2の殺人事件が起きて警察の捜査の手が及ぶと、二つの名前を使い分けて追及を交わす。物語の舞台はリプリーとともに、アトラーニからナポリ、ローマ、パレルモ、そしてベネチアとイタリアの古都をたどっていく。行く先々の町並みや建物のたたずまいが美しく、雨にぬれた夜道の石畳、画面を圧する建築物がモノクロの映像にいっそう重厚さを与えている。リプリーの悪だくみは何度も露見しそうになるが、悪知恵と強運ですんでのところで追っ手をかわす。そのサスペンスが見どころで、無表情の中に動揺をにじませるリプリーに、ヒヤヒヤしながらニヤリとさせられる。
 

アナログ時代ならではのミステリー

監督はスティーブン・ザイリアン。脚本家として「シンドラーのリスト」「ギャング・オブ・ニューヨーク」などを手がけ、「ボビー・フィッシャーを探して」「オール・ザ・キングスメン」などを監督した、手だれのストーリーテラー。携帯電話もメールもなく、テレビが登場しないアナログ時代。タイプライターの使い方のクセで持ち主が特定できるとか、離れた場所で写真を共有するのが難しいといった設定と小道具を、巧みに利用する。
 
配信ドラマシリーズはどんどん展開が早くなり、これでもかと派手な見せ場を盛り込みがち。スピード感はあるが、時に慌ただしくてくたびれる。そんな性急さとは一線を画した落ち着きぶりで、物語と映像のうまみをじっくりと味わえる。
 
ちなみにハイスミスのこの小説、1999年にアンソニー・ミンゲラ監督、マット・デイモン主演で、原作と同じタイトルの「The Talented Mr.Ripley(邦題は『リプリー』)」として映画化されている。「太陽がいっぱい」はU-NEXTで、ミンゲラ版の「リプリー」はNetflixやU-NEXTで配信中なので、見比べてみるのも一興かも。
 
Netflixリミテッドシリーズ「リプリー」は独占配信中

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

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