「グリーン・ナイト」© 2021 Green Knight Productions LLC. All Rights Reserved

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2022.11.18

観客を惑わす時間操作 技巧駆使したダークファンタジー 「グリーン・ナイト」:いつでもシネマ

藤原帰一・千葉大学特任教授が、新作や古今の名作の見方を豊富な知識を交えて軟らかく紹介します。

藤原帰一

藤原帰一

イギリスは騎士伝説の国。なかでも有名なのがアーサー王の伝説ですね。これを引き抜いたものは王になるなんて台座に記されているので、みんな次々に台座に刺さった剣を引っぱるんですが、誰がやってもうまくいかない。そのなかで一人だけ剣を引っぱり抜いた人がアーサー王です。王に忠誠を誓う騎士が集まったのが、円卓の騎士。ほかにも王を支える魔法使いマーリン、名剣エクスカリバー、あるいはお城のキャメロットとか、アーサー王の伝説には中心となるキャラクターやアイテムがいっぱい詰まっています。騎士伝説の中でもいちばん有名なお話といっていいでしょう。
 


 

アーサー王のおいと緑の騎士

今回取り上げるのは、アーサー王にまつわる物語の一つ、「ガウェインと緑の騎士」に基づいた映画です。もとになったお話をまずご紹介しますと、ガウェインはアーサー王の甥(おい)で、円卓の騎士の1人。王宮で祝宴が開かれているところに衣服も皮膚もすべて緑色をした謎の騎士がやってきて、誰か私の首を切ってみろ、そうしたら1年後にこちらがやりかえすと持ちかける。挑戦に応じたガウェインが緑の騎士の首を切り落としたところ、騎士は自分の首を拾い、緑の馬に乗って立ち去ってしまった。それから1年近くがたち、ガウェインは謎めいた緑の騎士と再会すべく旅立ちます。
 
騎士伝説とはいえ、いかにも風変わりですね。だって、1年後にまた緑の騎士と会うというのが約束ですが、会ったら自分の首を切り落とされるんですよ。それに相手は首を切っても死なないけれど、ガウェインは首を切られたら死んでしまう。冒険の旅といっても自分が殺されるための旅みたいなものですから、まったく割に合いません。


 

予定調和壊す首を切られるための旅

いつもおなじみのファンタジーアドベンチャーなら、任務を遂行しようとするヒーローに怖い怖いモンスターが次々と襲いかかり、コンピューターグラフィックスを駆使してつくられたスペクタクルシーンが続いた後、なんとか任務を達成する。そんな奇々怪々と危機一髪を取り合わせた予定調和の物語になるはずです。その予定調和がここにはありません。
 
私はトールキンの「指輪物語」が好きですし、それを映画にした「ロード・オブ・ザ・リング」3部作もよくできていると思うんですが、戦闘シーンが多いために映画版ではトールキンが想像した世界が冒険スペクタクルに置き換えられた印象がありました。ですから予定調和を奪ったファンタジーには大賛成なんですが、自分の首が切られるために旅立つなんて、いかにも暗い。ジョン・ブアマンの「エクスカリバー」をはじめとしてアーサー王伝説は何度も映画になりましたが、この「ガウェインと緑の騎士」、ほんとに映画にできるんだろうかと心配していました。


デビッド・ロウリー監督の圧倒的表現力

それがちゃんと映画になったんです。こうはもう、文句なしに、デビッド・ロウリー監督のお手柄でしょう。
 
一筋縄でいかない監督です。私が最初に見たロウリー作品は「セインツ 約束の果て」。泥棒を繰り返す男女の逃避行は「俺たちに明日はない」や「ボウイ&キーチ」などによって映画では定番ですが、この「セインツ」は泥棒が捕まった後のお話。追い詰められた女の銃弾が警官に当たった。男は女の罪を背負って刑務所に入る。でも、女は既に妊娠していた。子どもを見たい一心で男は脱獄し、女と子どものいる家に向かいます。
 
いってみれば逃避行の後日談ですが、時間の流れを操作して、長い時間がたっているはずのところをごく短時間のうちに表現しながらできごとらしいできごとのない部分はごくゆっくり丁寧に展開する。セリフは極端に絞り込んで、代わりに俳優の目をクローズアップすることによって、言葉に頼ることなく感情を表現してしまう。静かなラブストーリーなのに凄(すさ)まじい表現力に圧倒されました。


 

見たことのない時間の伸縮

次に印象的だった映画が「ア・ゴースト・ストーリー」。仲の良い男女が暮らしていたら、男が死んでしまった。死んだ男は白い衣をかぶった幽霊となって映画の画面に登場しますが、生きている女にはそれが見えないし、幽霊も言葉をかけることはできない。これからどうなるのかなと思っていると、男が死んだ悲しみに沈んでいた女はやがて男友達を見つけ、その家を出てしまいます。取り残された幽霊は女のいなくなった家に取り残される。それも、何年、何十年、何百年、そしてもっと長い時間、ずっとその家に取り残されるんです。こんなに極端な時間の操作を映画で見たことはありません。
 
今回の「グリーン・ナイト」でも時間をいじっています。緑の騎士を求める旅に出たガウェインは野盗に襲われ、馬とオノを奪われ、縄でぐるぐる縛られたまま木立に放置されてしまう。カメラは放り出されたガウェインを捉え、そこからガウェインの周りを映しだし、360度映像が回転してもとに戻ると、ガウェインは白骨死体になっている。


 

観客を安全地帯の外に追い出す仕掛け

え、どうしたのという観客の驚きを無視するかのようにカメラはまた回転を続け、また元のところに戻ると、ガウェインは生きていて、縛られたままジタバタしています。現在・過去・未来の境界を壊したために、画面に映されているのが今なのか、ずっと後なのか、そして現実なのか空想なのか、観客はわからなくなってしまいます。
 
ファンタジーだって映画である以上は映画の決まりごとは踏まえているはずですが、ロウリーはその決まりごとを破ることによって観客を安全地帯の外に追い出してしまう。ルールを無視するだけだろとおっしゃるかもしれませんが、いえいえ、そのためには細心の注意が必要です。


 

意味問わず映像と音に浸って

テレンス・マリック監督のように自然光を生かして撮影しているので、スタジオの照明ばかりでなくコンピューターグラフィックスによって加工された映像に慣れてしまった私たちには新鮮なくらい、現実の手応えがあります。映画冒頭の屋内シーンにおける外光を生かした長い長いカメラの移動では、画面のどこに観客が目を向けるのかを予想しながら、その予想を先回りして、カットを割って編集しないのに構図と画像の焦点を変えてしまう。凄まじい技量です。
 
映画技法の説明ばかりすると、これ、何を描いた映画なのか、何を監督は訴えたかったのかなんて疑問に思う人もいるでしょう。その疑問、できればいったん抑えていただきたい。そして、ここに表現された映像と音(音響効果も抜群です)のなかに浸っていただきたい。意味を問うことなく映画を経験することによって、スクリーンの中に仮構された世界が見えてくるでしょう。

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ライター
藤原帰一

藤原帰一

ふじわら・きいち 順天堂大国際教養学研究科特任教授、映画ライター。1956年生まれ。専攻は国際政治。著書に「戦争の条件」(集英社)、「これは映画だ!」(朝日新聞出版)など。「映画を見る合間に政治学を勉強しています」と語るほどの映画通。公開予定の新作や古今の名作の見方を豊富な知識を交えて軟らかく紹介します。

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