「パラレル・マザーズ」©Remotamente Films AIE & El Deseo DASLU

「パラレル・マザーズ」©Remotamente Films AIE & El Deseo DASLU

2022.11.02

真実に目を向ける決意 色彩で語るアルモドバル 「パラレル・マザーズ」:藤原帰一のいつでもシネマ

藤原帰一・千葉大学特任教授が、新作や古今の名作の見方を豊富な知識を交えて軟らかく紹介します。

藤原帰一

藤原帰一

最初にひとつ、ご質問。画面をちょっと見るだけで誰が監督したのかわかる映画作家、思いつきますか? そう、ストップウオッチを片手にして画面を見て、誰が監督したのか何秒で答えられるか、なんてクイズを考えてみてください。

 

画面を見れば監督が分かる

どなたでもすぐ頭に浮かびそうなのは、アルフレッド・ヒチコック、オーソン・ウェルズ、フェデリコ・フェリーニ、そして最近亡くなったジャン・リュック・ゴダール。カール・ドライエル、小津安二郎、あるいはアンドレイ・タルコフスキーなんて名前も挙がるかもしれません。映画好きの皆さんはこれらの映画監督の作品を何度もご覧になっているでしょうからクイズにならないでしょうが、それでも、「めまい」、「黒い罠(わな)」、「8 1/2」、「女と男のいる舗道」、どのオープニングを見ても、直ちに監督の名前と作品の名前がすぐ出てくるでしょう。
 
とはいえ、優れた監督ならすぐわかるということにはなりません。ジョン・フォードもフリッツ・ラングもハワード・ホークスも、卓越した映画作家であることはもちろんのこと、映画のスタイルはオリジナルですけれど、作品の数が多いためもあって一見してこの人が撮ったとわかるところまで独特なスタイルがあるとはいえません。ジョン・フォードの映画では空にかかった雲が心に残るでしょうが、どの作品にも必ずフォードの雲が出てくるわけじゃありません。
 
また、スタイルが明確な映画はモノクロームが中心。逆に、カラーなのにオリジナルという監督が少ない。もっといえば、モノクロだとすぐわかるのにカラーになるとスタイルが不明確になっちゃった人が多いんです。「どですかでん」から後、カラー作品を撮るようになった黒澤明は、「影武者」や「乱」のように美しい画面をつくりましたが、モノクロ時代に見られたようなオリジナリティーは見えなくなったと私は思います。カラーにすると、画面に表現される要素がモノクロよりもはるかに多くなり、それらすべてを監督がコントロールすることがモノクロームの映画よりも難しくなるからです。
 

言葉、音に次ぐ第3の領域を開拓

今回ご紹介するペドロ・アルモドバルは、ちょっと見ただけで誰でもアルモドバルの映画だとわかってしまう映像をつくる人です。油絵の具をスクリーンに投げつけたように色彩が鮮やかで、目に飛び込んでくる。中心になる色は赤、それがオレンジ色から深紅にいたるまでさまざまに展開する。彩度は極めて高いんですが、原色そのままではありません。うまい表現が見当たりませんが、そう、マーク・ロスコの絵を思い浮かべてください。ほら、キャンバスの上下に二つ、あるいは三つの色を塗った作品で知られる画家ですね。彩度は高いけど絵の具そのままじゃなく、跳びはねるようなオレンジもあればくすんだオレンジと並べることで穏やかにおさまったオレンジもある。色彩によって見る側のエモーションをかき立て、記憶を呼び覚まします。
 
ロスコが色によってその芸術をつくり出したように、アルモドバルは色彩によって映画を表現してきました。出演する俳優、それも多くは女優に鮮やかな色のドレスを着させ、部屋の壁や装飾にはそのドレスと合った色を置くんです。アルモドバルはカラー映画を撮っているだけではなく、リアリズムから離れた色彩によって映画表現を行っている。映画は脚本、セリフ、ストーリーといった言葉の領域と、言葉から離れた映像と音の領域の二つを常に持っているわけですが、アルモドバルの場合はそこに色彩という領域を切り開いたんです。色彩によって映画を表現した監督はアルモドバルが初めてではありませんが、ここまで徹底した人はいないでしょう。
 

同時に出産したシングルマザー

スタイルのことばかりお話ししましたが、じゃ、この「パラレル・マザーズ」はどんなお話なのか。これがまた盛りだくさんなんですね。主人公は2人の女性、ジャニス(ペネロペ・クルス)とアナ(ミレナ・スミット)、病院で一緒になって、同じ時に出産します。ジャニスは活躍中のファッションフォトグラファー。既婚の男アルトゥロと関係ができて、妊娠し、中絶を求めるアルトゥロと別れます。いま子どもを産まなかったら次はないと思ってるんですね。一方アナは、ジャニスよりもずっと年下の17歳、相手の男が誰なのかはずっと伏せられているんですが、お産の後に手伝ってくれるはずのお母さんが舞台の地方巡業に出てしまったので、どうしたらよいのか途方に暮れています。
 
いってみれば2人のシングルマザーのお話ですが、この2人はとっても対照的。年上のジャニスは元気で自信たっぷり、アナは不安で不安でしょうがない。ところがこのキャラクターの対照は映画の後半で逆転します。というのも、ジャニスの子どもが、親に似ていない。子どもを見たいといってやってきたアルトゥロが、自分の子どもに思えないと言うんですね。で、ジャニスがDNAテストをしたところ、自分と子どものDNAが一致しない。じゃ、この子、誰の子なんだろう。ひょっとしたら、病院で、アナの子どもと取り違えられたんじゃないか。ご紹介はこれくらいにとどめますが、盛りだくさんの展開を短い時間のなかにぎゅっと押し込めたようなお話です。
 

過去とどう向き合うか

「神経衰弱ぎりぎりの女たち」や「オール・アバウト・マイ・マザー」の昔から、アルモドバルほど女性の表現が巧みな監督はいませんし、名女優であるとともにアルモドバル映画では別人のように輝くペネロペ・クルスがジャニスを演じているので、もうこれだけで大満足。はい、色彩表現も近作ではまずいちばんでしょう。ペネロペ・クルスの衣装と部屋の装飾、そのなかでの赤に注目してください。その赤が、次第に黒に変わっていく。色彩によってキャラクターとその変化を表現しています。
 
この映画、シングルマザーとしての人生を選んだ女性の表現としてもすばらしいんですが、それに加えてもう一つのモチーフがあります。それは、スペイン内戦の過去にどう向き合うかということ。悲惨な殺戮(さつりく)が行われながら、その実態は長い間、沈黙のなかに押し込まれてきた。ジャニスはその内戦の真実を究明したいと考え、アルトゥロに声をかけたんですね。他方、子どもが自分の産んだ子ではないことがわかっていながら、ジャニスはその真実からは当初は目を背けようとした。それでいいのか。ジャニスは、いまウソをつかないことと、過去にしっかり目を向けることが結びついていることを発見してゆきます。
 
ちょっと意外な気がする人もいるでしょう。アルモドバルは政治的なテーマを取り上げるという監督ではないからです。でも、政治的ではないからこそ、政治性のある課題を避けようともしない。逃れることのできない過去に向かい合うという課題に取り組んだアルモドバル監督に拍手します。
 
11月3日公開。

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ライター
藤原帰一

藤原帰一

ふじわら・きいち 順天堂大国際教養学研究科特任教授、映画ライター。1956年生まれ。専攻は国際政治。著書に「戦争の条件」(集英社)、「これは映画だ!」(朝日新聞出版)など。「映画を見る合間に政治学を勉強しています」と語るほどの映画通。公開予定の新作や古今の名作の見方を豊富な知識を交えて軟らかく紹介します。

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