アイデンティティー © 2003 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.

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2022.6.28

「“アイデンティティー”」驚愕のどんでん返し、その元ネタは?:謎とスリルのアンソロジー

ハラハラドキドキ、謎とスリルで魅惑するミステリー&サスペンス映画の世界。古今東西の名作の収集家、映画ライターの高橋諭治がキーワードから探ります。

高橋諭治

高橋諭治

アガサ・クリスティーが1939年に発表した「そして誰もいなくなった」は、クローズドサークルものの名作として知られるミステリー小説だ。クローズドサークルとは何らかの理由で外界と隔てられた状況を意味し、ノンストップで走行中の特急寝台列車、悪天候に見舞われた雪山のホテルなどがその代表例である。
 

キーワード「そして誰もいなくなった」 クリスティーの名作が下敷き クローズドサークルもの

 
英国デボン州沖に浮かぶ絶海の孤島を舞台にした「そして誰もいなくなった」は、そこを訪れた8人のゲストと2人の使用人が思いがけない完全犯罪に巻き込まれていくという物語。なぜか招待主が姿を見せない屋敷に集められた10人の登場人物は、マザー・グースの童謡の歌詞になぞらえて、一人また一人と殺されるはめになる。
 
謎解きとサスペンスの興趣を追求するにはもってこいのクローズドサークルものの小説、映画は現在に至るまで数多く作られており、正統派のミステリーからトリッキーな変格ものまでバリエーションも豊富。今回はキャリアの初期に「コップランド」(97年)、「17歳のカルテ」(99年)、「ニューヨークの恋人たち」(2001年)といった多彩なジャンルの良作を連打し、腕の確かな気鋭監督としてハリウッドで注目を集めたジェームズ・マンゴールドの長編第5作「“アイデンティティー”」(03年)を紹介したい。


 

嵐に見舞われた夜のモーテルを舞台にした奇怪な連続殺人

ある夜、大嵐によって道路があちこちで水没したラスベガス近郊の田舎町で、行き場をなくした人々が一軒のモーテルに転がり込む。その顔ぶれは高飛車な美人女優カロライン(レベッカ・デモーネイ)と雇われ運転手エド(ジョン・キューザック)、故郷のフロリダをめざしていた娼婦パリス(アマンダ・ピート)、凶悪な囚人メイン(ジェイク・ビジー)と彼を移送中の刑事ロード(レイ・リオッタ)、モーテル支配人のワシントン(ジョン・ホークス)など、子供1人を含む男女11人である。
 
やがて登場人物の一人の胴体から切断された首がコインランドリーで発見され、まもなく2人目、3人目の犠牲者が出る。現役の刑事ロードと元警官エドが犯人捜しに乗り出すが、それぞれの死体発見現場からモーテルの部屋番号のタグが付いたカギが見つかり、事態は計画的な連続殺人の様相を呈していく。〝嵐で孤立したモーテル〟をクローズドサークルに仕立てたサスペンスミステリーとしては、ここまでは想定内。ところが第4、第5、第6の犠牲者が出るころに、見る者は「何かがおかしい」と首をひねるはめになる。どう見ても偶発的な事故死が発生したり、現場からこつ然と死体が消えたりと、人為的な連続殺人から逸脱した不可解な現象が続発する。
 
本作には序盤から、謎めいた別のエピソードが挿入されている。ある刑務所内の会議室らしき場所で、死刑執行を翌日に控えた囚人をめぐって司法関係者、医師、弁護士らが何やら〝議論〟を交わしているのだ。この一見関連性のなさそうなサブストーリーとモーテルで繰り広げられるメインストーリーが、終盤に誰も予測できない形で結びつき、まれに見る〝驚愕(きょうがく)の真実〟が明らかになっていく。「“アイデンティティー”」という意味深な題名に謎解きのヒントが隠されているが、あれこれ頭をひねるのはやめて、だまされる快感を味わうべきだろう。
 

「そして誰もいなくなった」ルネ・クレール監督 © ブレーントラスト

〝誰もいなくなる〟奇想天外なトリックにあぜん、ぼう然

実は本作は「ユージュアル・サスペクツ」(95年)、「シックス・センス」(99年)、「ファイト・クラブ」(99年)などとともに、ネット上の記事でよく見かける〝衝撃のどんでん返し映画〟ランキングの常連でもある。モーテルの登場人物たちはまさしく最終的に〝誰もいなくなって〟しまうのだが、マイケル・クーニーのオリジナル脚本に仕組まれた奇想天外にして巧妙なトリックには、かのミステリーの女王たるクリスティーも天国でびっくり仰天だろう。前回の当コラムで追悼したレイ・リオッタ、ジョン・キューザック、アマンダ・ピートらの演技巧者たちが見せる緊迫のアンサンブル、全編に降りしきる雨とネオンの妖しい色彩を生かしたマーク・フリードバーグによるモーテルのプロダクションデザインも秀逸だ。
 
ちなみに、前述したクリスティーのクローズドサークルものの古典は幾度となく映像化されており、U-NEXTでは同小説の最初の映画化「そして誰もいなくなった」(45年)も配信中だ。ルネ・クレール監督の軽妙洒脱(しゃだつ)な語り口が光るこちらも、ぜひご覧あれ。
 
「“アイデンティティー”」はU-NEXTにて見放題で配信中。
「そして誰もいなくなった」はU-NEXTにて見放題で配信中。

ライター
高橋諭治

高橋諭治

たかはし・ゆじ 純真な少年時代に恐怖映画を見すぎて、人生を踏み外した映画ライター。毎日新聞「シネマの週末」、映画.com、劇場パンフレットなどに寄稿しながら、世界中の謎めいた映画、恐ろしい映画と日々格闘している。