毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2022.5.14
夜を走る
故大杉漣の最後の主演作「教誨(きょうかい)師」(2018年)の佐向大監督、4年ぶりの新作だ。主人公は郊外の鉄くず工場で働きながら、うだつの上がらない日々を送るアラフォー独身男の秋本(足立智充)。要領のいい妻子持ちの後輩、谷口(玉置玲央)は、なぜかそんな秋本のことを気にかけていた。ある夜、思いがけない出来事が2人の運命を激変させていく。
この世の底辺に生きる男たちの葛藤を描く人間ドラマのように始まる物語は、前半のうちに死体遺棄が絡むクライムスリラーへ転調。その先には、不条理劇のごとくシュールで予測不能の展開が待ち受ける。鉄くず工場の生々しい実景と、響き渡る轟音(ごうおん)の何というすさまじさ。
後半は異様なシーンの連続で、愚かな罪を犯した主人公らは空虚で閉塞(へいそく)した社会のおりに捕らわれ、絶望感が映画全体を覆い尽くす。見ているこちらまで安易な希望も救済もない悪夢的な映像世界に引きずり込まれ、主人公の内なる〝叫び〟に胸を突かれる。
2時間5分。東京・テアトル新宿。6月17日から大阪・テアトル梅田。(諭)
ここに注目
ドラマをリセットする部分で工場の鉄と鉄がぶつかる音、火花が飛ぶ音、スクラップする重機の大音量が響く。鉄くずと人間の無機質な対比だけでなく、前のシーンから覚醒する場合も多く、先の読めない展開のアクセントになっている。日常の中の異空間の演出としても効果大。(鈴)