「峠 最後のサムライ」に主演した役所広司=内藤絵美撮影

「峠 最後のサムライ」に主演した役所広司=内藤絵美撮影

2022.6.14

インタビュー:役所広司 現実の戦争と呼応する幕末の小藩 「峠 最後のサムライ」

勝田友巳

勝田友巳

鬼神がうなり泣く子が黙る、名優という形容では物足りない役所広司。「峠 最後のサムライ」では、幕末の長岡藩に実在した武士、河井継之助を演じ、時代劇の中で天下国家を朗々と説く。余人なら講釈になりそうな長広舌を、座ったまま弁じて観客の心に響かせる。いかに言葉を伝えたか、俳優業のみならずヒントになりそうだ。

 
峠 最後のサムライ © 2020「峠 最後のサムライ」製作委員会

後世に向かって生きた侍 河井継之助

「峠 最後のサムライ」は司馬遼太郎の小説が原作で、小泉堯史が脚本、監督を手がけた。「蜩ノ記」(2014年)でも組んでいる役所は、小泉を「侍みたいな人」と例える。黒澤明監督に助監督として付き、心酔していることはつとに知られている。
 
「黒澤さんが殿様だとしたら家臣みたい。こんなに人を尊敬して、人生を投げ出せることがあるんだなって思うくらい。黒澤さんに教わったようにしか映画は撮れない、顔向けできない作品は作れない、自分が納得できるものしか撮れませんと。その潔さ、生き方、尊敬します。映画にするのはその人を知りたい、どうしても会いたいと思う時。美しい物語と美しい人間だけを描きたいと、いつも話していた。これもきっとそうだと思って、脚本を読みました」
 
河井継之助は、幕末の長岡藩家老。日本が倒幕派と佐幕派に分かれる中で非戦中立を主張する一方、西洋式の兵器をそろえ軍隊を訓練して自衛のための軍備を進めた。1868年に戊辰戦争が勃発してなお中立を主張し、派兵を迫る新政府軍に和平の仲介役を買って出るも決裂し、ついに会津藩などと同盟を組んで参戦する。

 

小泉監督がほれこんだ言葉を、ひとつひとつ

「司馬さんが侍を見つめるためにこの小説を書いて、その典型として継之助を選んだのはよく分かる。魅力的な人物だし、侍として日本人として、後世に向かって生きた。こういう侍が、司馬さんの言う人間の芸術品みたいな日本人がいたことは、我々にとって財産ですよね。彼のような人がいなかったら、日本人は先祖に誇りを持てなかったかもしれない。その人の言葉を自分の言葉として語れるのは、俳優の醍醐味(だいごみ)、特権だと思います」
 
それにしても、継之助のセリフの多いこと。長ゼリフの場面がいくつもある。藩士に向かって天下国家を論じ、藩主に進むべき道を説く。
 
「台本をめくっていくと、セリフがすごく多い。しかも会話でなくて演説、話し言葉よりも文学みたい。司馬さんの小説の言葉に小泉監督がほれ込んで、外せないと考えて忠実に描いている。ここが勝負だなと思いましたね。この言葉を、河井継之助さんの気持ちに乗せて、ひとつひとつ正確に伝えていくことが自分の役割だと。それを崩してしまうとセリフの雰囲気が出ない。でも、会話としてしゃべるのは苦労しました」
 
時には夜襲に来た若侍の前に立って、時に座敷に正座したままと、セリフが多い割に動きは少ない。「監督からあまり細かいことは言われませんでしたが、本読みの時に、セリフはあまりうねらず、ズカッと、ストレートな物言いにしてほしいと言われました。座ったら座りっぱなしでしゃべり続けなきゃいけない。気持ちの変化を動きで表現できない中で、言葉でない部分を伝えなきゃいけないっていうのはなかなか難しかったです」


 

なぜ、維新政府に立ち向かったのか

武士としての本分を曲げず筋を貫いた継之助の高潔な生き方は、たたえられる一方で批判もされる。小藩にもかかわらず新政府軍に立ち向かったことで、戦場となった長岡は荒廃し、民と兵に多大な犠牲を強いることになった。
 
「山本五十六と同じように、戦争の口火を切って、国中焼け野原という同じ結果ももたらした。かっこいいけど、庶民はずいぶん犠牲になった。司馬さん以降は理解を示した人も多くなったでしょうけども、アンチもたくさんいると思います。戦争は絶対避けるべきだと主張した人が、なぜ戦う決断をしたかが伝わらないとダメだと思います。未来の日本人に向かって、長岡藩家老として、民が犠牲になるだろうと覚悟して行動した。もともと説得力がある人だったんでしょうけど、冗舌に、ただただしゃべるのではなく、そのストレスを感じながら、一語一語を話すことが大事だと思いました」
 
幕末を描く物語の多くは、維新の立役者を、世の中を革新させた英雄として描く。しかしこの映画で、新政府側は継之助の訴えに耳を貸さず、有無を言わさず力で押し潰そうとする圧政者だ。
 


これではいけない、という思い

「幕末には華やかなスターがいっぱいいる中で、河井継之助は侍としてはマイナーでしょうが、坂本龍馬も一目置いていた。映画の中では、新政府のことをゴロツキ集団みたいに批判して、かたくなに侍を通した。日本がこんなになっちゃいけないという思いがあったんじゃないですか」
 
コロナ禍で映画の公開は延期を繰り返し、当初の予定より2年近く遅れた。その間にロシアがウクライナに侵攻し、超大国の横暴と戦う小国という現実は、そのまま映画の図式と重なっている。
 
「当初からの予定通り公開するのとは違うでしょう。映画ってそういうものですね。ウクライナでの戦争を日本でも身近に感じている中で、この映画のメッセージはよりリアルに、より強くなっていると思います」

 

演じた役が成長させてくれた

どんな役を演じても、こういう人なのだと納得させるのが役所広司。演じた河井継之助とは、不思議な縁がある。「聯合艦隊司令長官 山本五十六 太平洋戦争70年目の真実」(11年)で、役所が演じた山本五十六の遠い親戚に当たるのだ。河井継之助にはどうやって近づいたのだろう。
 
「山本五十六を演じた時に初めて知って、どんな人かちょっと調べました。今回は原作や、継之助について書かれた古書にも目を通した。でも、なりきることはできませんからね。クランクインする前に、カツラや衣装を合わせたりメークテストをしたりと、何日も繰り返す。衣装を着てみるとしっくりこないということもあるんですが、探しているうちに出合っていく。カツラと衣装とメークとできて、着心地も悪くない、違和感もなくなるうちに、僕自身も変えられる感じがする。そうして撮影現場に連れて行かれてセットに置かれると、何となく、観念するというんですかね。あ、ここで河井継之助に観念しようと」
 
極道から在日外国人、正義派刑事も腐敗警官もなんでもござれ。一方で、山本五十六、河井継之助と、代表的日本人のような役が印象に残る。
 
「そんな役を演じるなんて、申し訳ないと思いますよ。でも、役として与えられた人のことを調べたり役作りしたりすることで、僕自身も少しは大人になれたかなという気がしますね。演じた役が育ててくれた、成長させてくれたことはたくさんあります」
 
受け答えは穏やかににこやかに。威圧感のない気安さに、かえって気配りと大物らしさが感じられ、また感服したのだった。

6月17日全国公開。

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン
ひとしねま

内藤絵美

ないとう・えみ 毎日新聞写真部カメラマン

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