「ロボット・ドリームズ」

「ロボット・ドリームズ」Ⓒ 2023 Arcadia Motion Pictures S.L., Lokiz Films A.I.E., Noodles Production SARL, Les Films du Worso SARL

2025.1.07

映画館で3回号泣「ロボット・ドリームズ」は「トイ・ストーリー」に匹敵する傑作だった

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

筆者:

きどみ

きどみ

スペイン・フランス合作のアニメ「ロボット・ドリームズ」が、2024年11月の公開から1カ月半を過ぎてもロングラン上映中だ。米アニー賞で長編インディペンデント映画賞を受賞、アカデミー賞でも候補となりカンヌ国際映画祭でも上映されるなど、国際的に高い評価を受けた。日本でも興行収入1億3000万円を超え、小規模公開のアート系アニメとしては異例のヒットを記録している。筆者は初見で感情決壊、以来計3回鑑賞し、今も映画の中で流れていたアース・ウインド&ファイアーの「セプテンバー」を聞けば涙があふれそうになる。そんな「ロボット・ドリームズ」の魅力を検証したい。


80年代NY ドッグとロボットの出会いと別れ

初めて見たのは、2023年、東京国際映画祭でのジャパンプレミア上映だった。衝撃だった。コミックからそのまま飛び出したような愛らしいキャラクターたちのビジュアルで完全に油断していたこともあり、自分の中のあらゆる感情がごちゃ混ぜになって放心状態。〝こんなに泣くなんて〟と自分でも驚くほど涙が止まらなかった。劇場公開された後も映画館に足を運び、気づけば合計3回見ていた。

舞台は1980年代のニューヨーク。孤独なドッグは寂しさを埋めるため、〝友達ロボット〟を購入する。ドッグはロボットに心を開き、どこへ行くにも連れて歩いた。やがて2人はお互いを支え合うパートナーとなるが、ある夏の終わりにロボットが動かなくなり、2人は離れ離れになってしまう。2人(1匹と1台だが)の親睦と別れを、セリフなしで描く。


「ロボット・ドリームズ」Ⓒ 2023 Arcadia Motion Pictures S.L., Lokiz Films A.I.E., Noodles Production SARL, Les Films du Worso SARL

愛らしいキャラ 抜群の音楽センス

本作には筆者の〝好き〟が集結していた。まずはドッグをはじめとする、ニューヨークで暮らす個性豊かな動物たちやロボットの描かれ方。サラ・バロンによる同名グラフィックノベル「Robot Dreams」が原作の本作は、先述した通りコミックからそのまま飛び出したようなキャラクターたちが主人公。彼らは、人間のように歩き、食べ、暮らしている。食事の時にエプロンをつけたり、水着を脱ぐ時にわざわざタオルで隠したりするドッグの描写が愛らしい。

ニューヨークに住む動物たちは誰ひとりとして同じことをしていなくて、みんな好き勝手に生きている。そして街そのものも、家やお店など映る全てがしっかりと描き込まれていて、作り手のニューヨークへの愛を感じた。そんな街で、ロボットはドッグと暮らし始める。好奇心旺盛なロボットは、ドッグをはじめ街中の動物たちをよく観察して、マネをする。食べ物を丸のみしたり、力加減が分からずやりすぎてしまったり、そんな、ロボットらしいちょっとズレた様子が愛嬌(あいきょう)たっぷりに描かれている。

作中に流れる音楽のチョイスが絶妙だった。セリフがない代わりに楽曲の歌詞が、キャラクターの心情を表現する役割を担っている。ロボットとドッグが仲良くなっていく描写のバックで流れる、アース・ウインド&ファイアーの「セプテンバー」。ロボットにとってドッグとの思い出そのものとなる。あるいは、機能停止して動けなくなったロボットを巣の代わりにしていた渡り鳥が、季節が替わって旅立つ際に合唱する「ダニー・ボーイ」。鳥たちとロボットとの別れの寂しさが切々と漂った。ウィリアム・ベルの「Happy」は、映画後半に登場する、孤独ながら人生を楽しんでいるラスカルの象徴だった。映画から離れて日常に戻っても、曲が映画を思い出すきっかけとなって、いつの間にか彼らのことを考えてしまう。「セプテンバー」を聞くだけで涙が出そうになるのは、きっと筆者だけではないはず。


持ち主を思い続ける切なさ

そして、筆者にとって「ロボット・ドリームズ」の最大のポイントは、巧みな〝出会いと別れ〟の描き方だ。そもそも筆者は、「トイ・ストーリー」のおもちゃたちに激しく感情移入した人間である。人間(持ち主)が自分で意思決定して人生を切り開いていく主体性があるのに対して、おもちゃ(所有物)は誕生から終わりまで受動的であり、自分の運命を自分で決められない。大人になっておもちゃと離れていくアンディを、ひたすら慕い続けるウッディやバズが切なくて、何度涙を流したことか。

「ロボット・ドリームズ」でも、ロボットに未練を残しつつ新しいパートナーを探し始めるドッグ(持ち主)と、夢に見るほどいちずにドッグのことを思い続けるロボット(所有物)の不均衡な関係を見ていると、ロボットがけなげでたまらなかった。

ドッグと遊びに行ったビーチで動けなくなり、そのまま取り残されてしまったロボットは、その後何度もドッグの夢を見る。目を覚ます度に何も変わっていない現実を突きつけられた。やがてさびて周りから乱暴な扱いを受けた揚げ句、最終的にはスクラップ工場でバラバラにされる。そこでドッグのパートナーとしての生涯は終了する。


「可哀そう」の先 失敗と再生

だが本作は、〝可哀そうなロボット〟のままでは終わらない。別れもあれば、出会いもある。ある日、スクラップ工場を訪ねたDIY好きのラスカルがロボットの部品を拾う。ラスカルは自らロボットを修理して再生させ、ロボットの第二の人生がスタート。ラスカルとDIYに挑戦したり、バーベキューをしたりと新しい日常を楽しむようになる。

一方ドッグも新たな友達ロボット(ティンと名付けられている)と出会い、パートナーとして幸せな日々を過ごしていた。そんな時に、ロボットがドッグを偶然見つける。声をかけるか、見なかったことにするか……。ロボットが選んだのは、姿を隠したまま「セプテンバー」を流して踊ることだった。ドッグの姿を見ながら踊るロボット、どこからともなく聞こえてきた「セプテンバー」に思わず体が動いてしまうドッグ。

ロボットとドッグが一緒に踊っているように見せる演出が非常に素晴らしく、このワンシーンを見るために何度も映画館に通ったと言っても過言ではない。ロボットが自分の意思で選んだ〝別れ〟が切なくて美しくて、ずっと心に残り続けている。
 
「ロボット・ドリームズ」を見た後、〝2人はこうすれば離れ離れにならずに済んだのではないか〟と考えた時があった。だがもし再会していればドッグはティンに出会えなかったし、ロボットもラスカルに出会えなかった。そう考えると、〝失敗〟も悪いものじゃないと思える。自分の人生の中で失敗と感じていたことに対しても、肯定してもらえた気がした。「ロボット・ドリームズ」は筆者にとって、まさに宝物のような、大事にしまっておきたい作品なのである。

関連記事

この記事の写真を見る

  • 「ロボット・ドリームズ」
さらに写真を見る(合計1枚)