「ワタシの中の彼女」で1人4役を演じた菜葉菜=内藤絵美撮影

「ワタシの中の彼女」で1人4役を演じた菜葉菜=内藤絵美撮影

2022.11.27

インタビュー:菜葉菜 「自分は自分。何とかなる!」人をうらやむのをやめて我が道をゆく 「ワタシの中の彼女」で主演

分かりやすく誰もが楽しめるわけではないけれど、キラリと光る、心に刺さる作品は、小さな規模の映画にあったりする。志を持った作り手や上映する映画館がなかったら、映画の多様性は失われてしまうだろう。コロナ禍で特に深刻な影響を受けたのが、そんな映画の担い手たちだ。ひとシネマは、インディペンデントの心意気を持った、個性ある作品と映画館を応援します。がんばれ、インディースピリット!

勝田友巳

勝田友巳

菜葉菜は気付くとそこにいる。主演もするし助演でも、インディーズ映画でキャリアを積んで、今やメジャー作品でもおなじみ。2022年は藤原竜也、松山ケンイチが主演した「ノイズ」や「ホテル・アイリス」「夜を走る」と顔を出し、主演作も村上淳と組んだ「夕方のおともだち」に続いて、「ワタシの中の彼女」が公開中だ。今でこそ個性派として存在感を示しているが、「若い頃はいろいろあった」と苦しかった時期を振り返る。
 


 

20代から40代 4人を1人で演じ分け

中村真夕監督の「ワタシの中の彼女」は、短編4本のオムニバス映画。コロナ禍に生きる20代から40代の4人の女性を、菜葉菜が1人で演じている。
 
中村監督と「大人の女性の映画少ないし、女優は年を重ねると役が少なくなっていく。でもそんな映画も必要、やりたいねと意気投合した」。2020年、コロナ禍で何かできないかと中村監督から声がかかり、まず第1話「4人のあいだで」を一晩で撮影した。
 
大学時代の同窓生3人が、公園のリモート外飲み会で思い出を語り合ううちに、秘密が明かされその後の人生を打ち明ける。この短編が好評で、オムニバスの長編にと発展。「コロナ禍に生きる女性という脚本で、同じ役者が演じたら面白い」とふくらんだという。


「ワタシの中の彼女」第1話「4人のあいだで」©️T-Artist

コロナ禍のリアルを取り込んだ

第2話「ワタシを見ている誰か」はフードデリバリーの青年と、失恋から摂食障害になった女性の出会い。第3話「ゴーストさん」はバス停で路上生活をしていた女性が襲われた事件が題材。「だましてください、やさしいことばで」と題した第4話では、オレオレ詐欺の受け子の青年と、だまされたふりをする盲目の女性のやりとりを描いた。舞台が限定された対話劇。撮影はいずれも2、3日で、4人の主人公に共通点はなく、背景を想像し共演者との呼吸を合わせて4人を演じ分けた。
 
「コロナ禍で生まれた、コロナ禍ならではの題材ですよね。独りは苦しい、でも人と会って変化する。一歩踏み出すことが大事だと、もう一回考えさせられました」


「ワタシの中の彼女」第2話「ワタシを見ている誰か」©️T-Artist

映画界の活動休止も人に救われた

コロナ禍はもちろん、人ごとではない。映画界の動きが止まる中、活動休止に追い込まれた。「最初はわりと楽観的だったんです。でも、映画は止まってしまうとスタートに戻ってしまうし、だんだんやばいぞと危機感が増してきて。ただ、私は実家もあるし友だちもいて安心感があった。不安を聞いてもらって支えられたと思う。この作品に通じるけど、誰かがいることで救われました」
 
仕事に対する気持ちは、むしろ強くなった。「それまで将来のこととかあまり考えず、仕事はひとつずつこなしてきた。良くも悪くも、何とかなるだろうと。私たちの仕事は、いただくもの。コロナ禍でなくても、求められる存在になろうと真摯(しんし)に全力を注いできたし、変わらず今できることをやるだけです」
 
一方、自身の身の回りも見つめ直した。「だんだん、プライベートのことも考えるようになりました。自分はいいやと思ってたんですが、結婚や家族を持つってどういうことかなとか、周りはみんな結婚してるなと」。あれこれ考えたそうだが、結論は「何とかなる。能天気なんですかね」。


「ワタシの中の彼女」第3話「ゴーストさん」©️T-Artist

人と比べて落ち込んだ若い日

今でこそ「私は私」と言えるけれど、かつてはもんもんとした時期もあった。「いろいろありましたねえ、若い頃は。人と比較しがちだから」。笑いながら振り返る。
 
「今だって、東宝シンデレラになって、大作のヒロインやりたいですよ、そりゃあもう」と、これは冗談めかして。「若い頃は、そっちがいいと思ってた。きれいな人がたくさんいる世界で、ビジュアルもそうですけど、そうなれない自分を勝手に比べて卑下して、周りがみんな敵だみたいに思って。トゲトゲしてたし、ほんとの自分をとりつくろってた部分もあったから、苦しかった」
 
しかし、経験と実績を重ねて自分を受け入れるようになっていく。「十何年かやってこの年になってくると、自分は自分でしかないと思うようになった。インディー作品に出ていたことも強みだと思う。インディーならではの表現があるし、そこでしかできない役も経験させてもらった。それがあって、今の自分がある。それでいいんだ、自信持ってやっていこうと思ってる」


「ワタシの中の彼女」第4話「だましてください、やさしいことばで」©️T-Artist

保育士からの転身

保育士を目指していた学生時代に、スカウトされて事務所に在籍。在学中にオーディションを受けて映画の現場も体験し、面白いと思ったものの保育士の夢も追い続けた。
 
「卒業して、意欲満々で乳児院に就職しました。一方で、撮影現場で真面目に遊んでる大勢の人たちとの物作りの楽しさを経験して興味が湧いて。事務所の社長から言われて映画見て本を読むうちに、田中裕子さんや若尾文子さんの作品を面白いと思うようになった。だんだんオーディションにも受かるようになると両立が難しくなって、ギャンブルみたいな世界に飛び込みました。バイトを二つも三つも掛け持ちして大変だったけど、現場が楽しくて、もっともっとと」
 

インタビュー中は快活。「本来マイナス思考だけど、あえて前向きにしてるんです」=内藤絵美撮影

役を生きて「存在する人」に

思ってもみなかった世界への転身だった。「振り返ると、小さいときは内弁慶だったけどひょうきんで、人前でおかしなこと言って笑わせるのが好きだったんですよ。お遊戯会ではおたまじゃくし役でしたけど、主役のトンボをやりたかった」
 
「ワタシの中の彼女」で、年代も背景もバラバラの4人を演じて違和感がない。「存在する人になりたいです。役として生きている芝居をして、近くにいそうと思ってもらいたい。目指すところはジュリエット・ルイスさんと田中裕子さん。自分の生きる道っていうのは、そういう方向なんだと思う」
 

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン
ひとしねま

内藤絵美

ないとう・えみ 毎日新聞写真部カメラマン