©2023映画「水は海に向かって流れる」製作委員会 ©田島列島/講談社

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2023.6.05

胃袋も心もすっかりつかまれた! 広瀬すずが不機嫌な主人公を演じる「水は海に向かって流れる」

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

古庄菜々夏

古庄菜々夏

疲れている時や落ち込んでいる時は必ずプチシュークリームを買って帰るのが私のお決まりだ。食べると幸せな気持ちになるし、少し元気が出る。近くのスーパーで販売されている糖質制限のシュークリームが甘さ控えめでお気に入りなのだが、あまりにも頻繁に買いすぎたのかシュークリームの入荷がどんと増えた。とてもうれしいのだが、いつも顔を合わせる店員さんにレジで会うとき無性に恥ずかしくなる。
 

キャラクターをうかがわせてくれるのが劇中の食事

「水は海に向かって流れる」、私もこの作品の主人公榊千紗と同じように食べることで自分を保っているなと気づいた。広瀬すず演じるいつも不機嫌で日々を淡々と生きるOL、榊を中心として物語は進んでいく。その不機嫌さに最初は作品の雰囲気を持っていかれるのかと思っていたら、観客の反応は予想外のもので、上映中何度も笑い声が聞こえてきた。


 
特に笑いの的になっていたのはシェアハウスの住人たちであり、そのシェアハウスを舞台に物語が度々転換していく。住人たちはそれぞれの事情でそこに住むことになっているのだが、不器用さや優しさがにじみ出る住人たちには時折いとおしさまで感じた。
 
そこに住んでいる榊だが他の住人とは違って普段はあまり感情を表には出すタイプではない。そんな中で彼女のキャラクターをうかがわせてくれるのが劇中の食事のシーンである。
 

ポトラッチ丼

冒頭シェアハウスに新たに越してくることになった直達を迎えに行き戻ってきた榊。おなかがへっているという直達に、おもむろに高級なお肉に大胆にも市販の麺つゆだけで味付けをした牛丼をふるまう。アメリカの先住民がおもてなしをする際に使う言葉から、シェアハウスの住人には「ポトラッチ丼」と呼ばれており、直達も思わず「うま……」と声を漏らす。
 

ポテトサラダ

なにかに怒っているのかと思ってしまうほど不機嫌そうでクールに見える榊だが、意外にもシェアハウスの人たちに料理をふるまうギャップが親近感をもたらしている。その中でも大量のジャガイモを榊がひたすら潰しているシーンは印象に残った。そのジャガイモで山盛りのポテトサラダを作るのだ。榊を子供の頃から知る大学教授の成瀬賢三との会話のシーンで、2人の間にどんとそびえ立つポテトサラダ!! 榊が思い悩んでいる時、食べる事だけではなく料理を作るその過程も榊にとっては心のよりどころになっているのだなと感じた。
 

カレーに生卵

そんな榊にまっすぐにぶつかり心ひかれていくのが直達だ。2人で食事をしている時、榊がカレーに生卵をかけて食べているのを見て、人生で初めて見たのか不思議そうに見つめる直達。だがやがてそれをマネして自分のカレーにも生卵をかけて食べてみる。そして直達の満足そうな顔。そのリアクションに今度は榊の不思議そうな顔。そもそも人のまねをする行為はその人への憧れや興味を表している。2人が心を通わせるようになる直前のこのシーンに親しみのあるカレーを取り入れることで、この映画の好ましさが存分に発揮されている。
 
誰にも話さなかった自分自身の経験や葛藤を打ち明けるようになるまでに榊の心を動かす直達。榊の複雑な心と直達の純粋な心は食事を重ねるごとに距離を縮めていく。そして食事にまつわる丁寧な描写を経て、ドラマチックな榊と直達の運命の「過去への決別」の結末につながっていく。そんな優しい映画の流れに私は胃袋も心もすっかりつかまれてしまった。
 
6月9日TOHOシネマズ日比谷他全国で公開

ライター
古庄菜々夏

古庄菜々夏

ふるしょう・ななか
2003年7月25日生まれ。福岡県出身。高校の時に学生だけで撮影した「今日も明日も負け犬。」(西山夏実監督)に主演し「高校生のためのeiga worldcup2021」 最優秀作品賞、最優秀女子演技賞を授賞。All American High school Film Festival 2022(全米国際映画祭2022)に参加。現在は東京の大学に通いながら俳優を目指す。

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