「セイント・フランシス」© 2019 SAINT FRANCES LLC ALL RIGHTS RESERVED

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2022.8.01

女性のリアル描く新しい作家の誕生 「セイント・フランシス」:いつでもシネマ

藤原帰一・元東京大法学政治学研究科教授が、新作や古今の名作の見方を豊富な知識を交えて軟らかく紹介します。

藤原帰一

藤原帰一

女性の自画像を描く映画が増えています。最近の作品なら、第一にお薦めしたいのは「わたしは最悪。」です。すごい題名ですけど別に悪人が登場するわけではなくて、主人公が自分のことを最悪だと思っていることからつけられた題名です。
 

固定観念破り現実の姿しめす

仕事もパートナーも定まらず、風に舞う凧(たこ)のようにあっちに行きこっちに行きというように生きてきて、気がついたらもう30代。私は何してるんだろう、私なんかダメな人間だと思い詰めてしまうわけですね。本人はダメだと思っているのかもしれませんが、跳ね回る主人公は魅力いっぱい。主演のレナーテ・レインスベは映画初主演でカンヌ国際映画祭女優賞を受賞しました。



アメリカ映画でこの流れを作った人を1人選ぶとすれば、グレタ・ガーウィグでしょう。脚本も書いた「フランシス・ハ」で主人公のフランシスを主演したんですが、これがもう、努力不足なのに見えっぱり、そのおかげで万事が万事うまくいかないという人なのに、観客が自分のことだと思って感情移入してしまうほどのリアリティーと魅力がありました。
 
ガーウィグ自らが監督した「レディ・バード」も「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」も赤マルお薦め作品でしたが、これらすべてに共通しているのは現実を生きる女性の姿。映画に出てくる「女」の固定観念を軽々と破ったために生き生きしてるんですね。私は男ですから間違えて女性専用車両に乗ってしまったような居心地の悪さを感じずにはいられませんが、新しい映画表現に出合ってよろこんでおりました。
 

34歳、何もかもうまくいかない

今回ご紹介する「セイント・フランシス」も女性のリアルをつかまえた映画の一つです。主人公のブリジットは、大学をドロップアウトして、定職に就くことなくレストランのウエートレスをしていますが、もう34歳。友だちのなかには結婚して赤ちゃんもいる人があるのに、自分にはキャリアも夫も子どももない。パーティーに出かければ会う男は自殺する夢を見たなんて言うし、何もかもがうまくいかない。こんなはずじゃなかったという毎日です。
 
ブリジットは子どもの世話をする仕事があるというので出かけます。昔風に言えば乳母、ナニーですが、とてもメリー・ポピンズのようにはいきません。女性同士のカップルの子どもなんですが、フランシスというこの子どもがまた言うことを聞かない。公園に連れて行ったところ、お菓子がほしいとフランシスがおねだりするんですが、砂糖はあげちゃダメと親から言いつかっているので、ブリジットは断ります。するとフランシス、ブリジットの手を引っ張ったまま、この女の人知らない、この人お母さんじゃないなんて公園に響き渡るような大声で叫ぶんです。誘拐事件のように思われたんでしょうか、ブリジットはお巡りさんに捕まる羽目になってしまいます。


 

生理と中絶も生々しく

映画はこのあとフランシスの親2人のエピソードを挟みつつ、ブリジットとフランシスの関係とその変化をブリジットの私生活の展開とともに描いてゆきます。もちろんご想像のように、最初はなかなかブリジットになじもうとしないフランシスもやがては心を開き、ブリジットと心を通わせるようになるわけでして、この2人の友情が映画の柱。
 
ただ、それだけだったら観客は筋書きを先取りしてこんな映画だなと印象をつくってしまうでしょうし、映画への関心を失ってしまう危険も出てきます。でも、その心配はありません。シンプルなストーリーのなかに、女性として生きる姿、そのリアルが捉えられているからです。
 
なかでもポイントは、生理と中絶です。これまで映画で女性の生理が描かれたことは少ないと思いますが、この映画は生理を描くばかりか、その血まで画面に映し出します。また、ブリジットは妊娠すると、中絶したいとボーイフレンドにすぐ伝え、それを実行するんですが、手術をした後も出血が続くなんてことも含めて、この人工妊娠中絶の過程がすごく生々しい。
 
その生々しさは、観客にショックを与えたいからでも、何かに怒っているからでもない。そこにあるのは暮らしの1コマなのだから描くのは当たり前という感覚なんですね。赤ちゃんを産まないという決断の重さ、その苦しさが、血のイメージと重なり合って伝わってくる。女性が生きることのリアリティーを表現することに成功しています。


 

脚本を書き感情移入誘う難役もこなす

この映画の脚本を書き、主人公のブリジットを演じているのがケリー・オサリバン。監督はオサリバンの実生活のパートナーでもあるアレックス・トンプソンですが、まずはこの映画、オサリバンの映画と呼んでいいでしょう。
 
ブリジットはキャリアや人間関係でうまくいかないだろうなと観客に思わせながらそれでも感情移入を誘わなければいけないわけですからけっこう難しい役ですが、自然体に終始して成功しています。人に見せるために装ったような印象は与えないのに、身につける衣服もメークアップもキャラクターとぴったり結びついて、それがまたリアルなのにチャーミングです。
 
そのケリー・オサリバンと並んで重要なフランシスを演じるラモーナ・エディス・ウィリアムズがまた上手。憎らしくて、幼くて、かわいくて、おまけに思いがけない洞察力も持ってなくちゃいけない。子どもと言ってもいろいろな側面をあわせもったキャラクターなのに、工夫の跡も見せずナチュラルに表現しています。
 
この2人以外のキャラクターは一筆書きといいたいくらいにあっさりした扱いでして、フランシスの2人の親の関係についてはずいぶん描き込まれている割にはつくりものという印象を免れませんでした。
 
でもブリジットとフランシスがここまでうまく捉えられていれば、そんなところはたいした傷じゃありません。ガーウィグに続いて女性のリアルを表現する映画作家が生まれました。

セイント・フランシス

34歳で独身、レストランウエートレスのブリジット(ケリー・オサリバン)は、子守として女性カップルの6歳の子ども、フランシス(ラモーナ・エディス・ウィリアムズ)の面倒を見ることになる。仕事も私生活もうまくいかないブリジットが、フランシスとの交流の中で自分を見つめ直す。
 
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ライター
藤原帰一

藤原帰一

ふじわら・きいち 東京大未来ビジョン研究センター客員教授。1956年生まれ。専攻は国際政治。著書に「戦争の条件」(集英社)、「これは映画だ!」(朝日新聞出版)など。「映画を見る合間に政治学を勉強しています」と語るほどの映画通。公開予定の新作や古今の名作の見方を豊富な知識を交えて軟らかく紹介します。

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