「ガス人間第一号」で主演した八千草薫(左)と土屋嘉男

「ガス人間第一号」で主演した八千草薫(左)と土屋嘉男共に1960年ごろ

2024.9.04

小栗旬、蒼井優でNetflixがリブート「ガス人間第一号」 異色の特撮映画が名作として語り継がれる理由

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勝田友巳

勝田友巳

Netflixが実写シリーズとしてリブートする映画「ガス人間第一号」は、1960年に公開された東宝の〝空想怪奇映画〟、現在に至るまでカルト的人気を誇る一作だ。今ならSFスリラーといったところ。特技監督を円谷英二、監督は本多猪四郎と「ゴジラ」のコンビが組み、特撮をスペクタクルよりも人間洞察に利用して、今見ても完成度が高い。リブート版はメインキャストに小栗旬と蒼井優を配し、アップデートを図るという。そちらを楽しみに待ちつつ、名作と誉れ高いオリジナルの魅力を考察しよう。

変身人間シリーズ第3作 高い完成度

「ゴジラ」のヒット以降、60年代は映画各社が競って特撮映画を量産していた。もっぱら巨大怪獣が戦ったり宇宙人が襲来したりといったスペクタクルのイメージが強いが、東宝は58~60年に「変身人間シリーズ」と銘打って、何らかの理由で超能力を持ってしまった等身大の人間を主人公にした3作品を連打した。当時としては斬新かつ精巧な特撮技術を駆使して見せ場としながらも、物語に戦争の傷痕や社会背景を取り込んで、はじき出された存在の悲哀や情念に重きを置いた。人間ドラマを真の見どころとする、大人向けのテイストなのだ。

「ガス人間第一号」は、「美女と液体人間」「電送人間」に続く、その第3作。人体実験により、意思の力で体を自由に気体に変えることができるようになった「ガス人間」の運命を描く本作は、3作の中でもひときわ完成度が高い。物語のドラマ性、叙情性と優れた特撮技術が効果的に融合し、主演した土屋嘉男、八千草薫の哀愁漂う好演もあいまって、深い感銘を残す作品となっている。

舞踊家のために悪事働くガス人間の献身

物語は、追い詰められた銀行強盗犯が、名門の踊りの家元、藤千代の屋敷の近くで忽然(こつぜん)と姿を消すところから始まる。その後も銀行が次々と襲われ、警察は事件に関与した疑いで藤千代を拘束する。彼女は弟子が離れ発表会も開けないほど落ちぶれていたのに、急に金回りが良くなっていたのだ。新聞が藤千代と事件の関わりを書き立てる中、警視庁記者クラブに現れた男、水野が、自分が犯人でこれから自首すると告げる。体を自由にガス化できると告白した水野は、実地検証を行った警察の目前で気体と化し、銀行の金庫の格子の間をすり抜けて金を奪い、姿を消してしまう。

物理的な制約を超えたガス人間が法も倫理も無視して好き放題をし、社会を混乱させるという展開は「透明人間」をはじめとするこの手のジャンルにはおなじみだ。しかし「ガス人間第一号」が特別なのは、動機の純粋さだ。水野の行動の目的は物欲や権力欲ではないし、怒りや復讐(ふくしゅう)でもない。彼は藤千代の美しい踊りのとりこになり、発表会を開かせて彼女を世間に知らせるということだけを望み、そのために手段を選ばないのだ。一方藤千代も、芸術家としての誇りと表現への情熱を抱き、水野の犯行に気づきながら、これを最後の舞台と思い定め、ある覚悟を秘めてその支援を受け続ける。

水野は藤千代に恋心を抱いているようだがそこは明らかにせず、愛の告白もないし、見返りを求めることもない。無償の献身なのだ。藤千代も、踊りへの執念を秘めたまま表に出さず、物静かなたたずまいを崩さない。水野=ガス人間を演じた土屋嘉男は、「七人の侍」など黒澤明監督作品の名脇役。ここでは冷酷さといちずな真情を併せ持つ水野を、ふてぶてしくも繊細に演じている。八千草は宝塚から映画界入りし、清楚(せいそ)な美しさが「日本人女性の象徴」と海外作品にも出演したスター。冷ややかなまでに凜(りん)としたたたずまいは神秘的なまでの美しさとなり、水野にだけのぞかせる優しさやはかなさが涙を誘った。

はみ出し者の悲哀と覚悟

そして物語の底には、社会からはみ出してしまった存在の孤独と悲哀がある。水野は大学進学を諦め志願した航空自衛隊にも入隊できず、図書館職員として働いている時に科学者の佐野からパイロットになれると誘われる。知らぬ間に人体実験の材料にされ、人間でない存在になってしまった水野は一度は絶望するものの、藤千代の願いをかなえることで人間性をつなぎとめようとするのである。

発表会が無事済めば水野の暴走は止まるという進言に、警察は、ガス人間の存在自体が社会の安全を脅かすと水野の抹殺を決め、藤千代の発表会の劇場を無臭のガスで充満し、水野と共に爆破する計画を立てる。1000席の劇場は警察が買い占めたため、劇場には水野だけ。劇場の真ん中に1人座った水野と舞台で踊る藤千代の対比は、この映画のクライマックスだ。映画のオリジナルという演目の「情鬼」を、たっぷりと見せる。日本舞踊の心得のある八千草の舞が、そこに込められた2人の思いを映し出す。すべてが終わった後、藤千代は自らすべてを終わらせる。2人の思いが昇華した、美しくも悲しいラストシーンである。

裏方に徹した円谷英二の特撮

特撮の大家として活躍していた円谷は、ここでは裏方に徹している。特撮場面が現れるのは映画が始まって40分以上たってから。映画の前半で、本多監督はガス人間の不気味さと謎めいた藤千代の描写に注力する。そして、後半に何度も描かれる水野がガス人間に変身する場面で、円谷はここぞとばかりに腕を振るう。当時、撮影はフィルム、CG(コンピューターグラフィックス)などなく、特撮は光学合成と撮影現場での創意工夫が勝負だった。円谷は大量のドライアイスの流れを制御しフィルムの回転速度を調節して、気体が意思を持つかのように動かした。水野がガス化する場面では、ガスを充満させた土屋嘉男のゴム人形を使用して、水野が白い煙を噴き出しながら体が崩れ、着ていた洋服だけが残されるまでを現出させた。

さらに、人間性を置き去りにした科学の進歩への警告も読み取れる。本作が描く、自らの意思と関係なく社会からはみ出し、脅威となってしまった存在の苦悩と悲劇は、「フランケンシュタイン」から「X-メン」へと脈々と受け継がれているテーマに連なっている。

気になるのは新聞記者だが

リブート版のエグゼクティブプロデューサーと脚本は、映画「新感染 ファイナル・エクスプレス」、Netflixドラマ「寄生獣 ザ・グレイ」などを手がけた韓国のヨン・サンホ。監督の片山慎三は、映画「岬の兄妹」、ドラマ「さまよう刃」などの注目株だ。息もつかせぬ韓流ホラーと和風の情感が、どんな相乗効果を生むか興味津々だ。

Netflixは内容や配役を明かしていないが、オリジナルに即すならガス人間を小栗旬、藤千代にあたる役は蒼井優ということになるか。愁いと陰をまとった小栗、バレエの素養がある蒼井は、水野と藤千代にふさわしく見える。個人的に気になるのは、「ガス人間第一号」で狂言回しとなった、三橋達也が演じた刑事と、佐多契子が演じたその婚約者で女性新聞記者、京子だ。2人のコミカルな掛け合いは暗い物語のコメディーリリーフにもなっているし、映画の中で新聞記者の活躍を見るのは、同業者としての楽しみでもある。2人の役どころが残っているといいのだが……。

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ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

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