北海道立近代美術館(札幌市)で17年11月22日~18年1月21日まで行われた追悼特別展「高倉健」の看板

北海道立近代美術館(札幌市)で17年11月22日~18年1月21日まで行われた追悼特別展「高倉健」の看板

2022.3.06

高倉健は私の推しだ。

2021年に生誕90周年を迎えた高倉健は、昭和・平成にわたり205本の映画に出演しました。毎日新聞社は、3回忌の2016年から約2年全国10か所で追悼特別展「高倉健」を開催しました。その縁からひとシネマでは高倉健を次世代に語り継ぐ企画を随時掲載します。
Ken Takakura for the future generations.
神格化された高倉健より、健さんと慕われたあの姿を次世代に伝えられればと思っています。

青山波月

青山波月

生誕91年目の高倉健。
昭和・平成にわたり205本の映画に出演しました。
毎日新聞社では3回忌の2016年から約2年全国10か所で追悼特別展「高倉健」を開催しました。
その縁からひとシネマでは高倉健を次世代に語り継ぐ企画を随時掲載します。
Ken Takakura for the future generations
本日は20代の青山波月さんです。

私と祖父の高倉健

去年20歳を迎えた私がこれまでの人生で高倉健に「沼る」きっかけなど訪れなかった。
「高倉健」という名は、大学で映画を学び始めたばかりの私にとって、「とりあえず映画界のすごい人」というイメージしかなかった。
私の祖父母は「高倉健を嫌いな人なんていない」と言っている。顔面・キャラクター・SNS(ネット交流サービス)の使い方・・・・・・芸能人の言動一つ一つを観察して「推し」を応援する「推し戦国時代・令和」。そんな現代に生まれた私は、祖父母が言うような皆から愛される殿堂入り芸能人というものが存在することが少し不思議だった。

高倉健より15歳年下の私の祖父は、高倉健が出演している映画を「男の憧れ」として見ていたらしい。
「網走番外地」「八甲田山」「幸福の黄色いハンカチ」「鉄道員(ぽっぽや)」・・・・・・。
こんな男になりたいと、中学生の時以来、祖父は高倉健をお手本に成長した。「他の俳優の豪遊がスクープされる中、健さんはずっと変わらず生き方が優しかった。」と祖父は語る。当時の芸能界の状況をリアルタイムで感じてきた祖父から見た高倉健の人間性は、他の俳優とは一線を画す存在だった。

毎晩、いつもYoutubeを見ている私に「おやすみ」とだけ言い残して寝てしまう祖父。私の視線がスマホではなくテレビに映る高倉健に向けられていた夜は、珍しく同じソファに座り何年かぶりに一緒に映画を見た。

 感謝のメッセージを綴るボードは掲示板を超えて周りのボードを埋め尽くした(17年11月12日北海道立帯広美術館 追悼特別展「高倉健」)

まなざしに「沼った」

私が初めて見た高倉健の作品は「鉄道員(ぽっぽや)」。
この映画が公開されたのは1999年。私が生まれる2年前の作品だ。この映画の主人公としてスクリーンに映るのは幌舞駅の駅長・佐藤乙松であり、私のイメージする俳優・高倉健そのものだった。
「何を演じても高倉健」と語り継がれるほど、どんな数々の役を演じても高倉健本人の謙虚な人柄が芝居に表れる役者。本人はこの言葉を良く受け取っていたかは分からないが、私は「鉄道員」で高倉健の芝居を初めて見たときに、彼が残した数々の逸話が本物であることを悟った。
 
現代よりもさらに俳優という職業が神格化されていた時代。俳優になれる方法を教えてくれるサイトなんて無い、俳優の自撮りを無料で供給してくれるInstagramも無い、俳優の休日の過ごし方をYoutubeで知ることもできない。

今よりも、もっと俳優という存在が遠いものであり、日常が謎に包まれた特別な職業だった時代の人々にとって、高倉健は「神」だった。高倉健の美しい顔立ちと肉体美、圧倒的なオーラはスクリーン越しでも昭和から平成の観客を引きつけたであろう。
 
現に、私は「鉄道員」の中で見せた当時67歳の高倉健の妻を思うまなざしに「沼った」。

高倉健の何が、人々の心をこんなに強く引きつけるのだろう。高倉健は壁ドンも顎(あご)クイもしない。
ただ、寡黙なキャラクターとして大木のようにりんと立っているだけなのに、どんどん視線が吸い込まれていく。その姿はまるで時代が求める神格化された役者像でありながら、不器用で謙虚でやんちゃな一面が見え隠れする「健さん」の魂が宿っていた。日本映画界を代表する役者・高倉健が多くの人に愛され続ける理由は、自分自身が役者という職業に捉われず、一人の人として全ての人間・作品との出会いに真摯(しんし)に向き合ってきたからではないだろうか。

「鉄道員(ぽっぽや)」
Blu-ray&DVD発売中 Blu-ray:3,850円(税込)DVD:3,080円(税込) 販売:東映 発売:東映ビデオ

偉ぶるようなそぶりは一切見られない

80年に公開された映画「遙かなる山の呼び声」では、ヒロインの一人息子・武志が憧れる男・田島を演じた。田島は家主であり夫を亡くしたヒロインのことを女性としてではなく雇い主として接し、武志に対しては子供扱いせずに同じ男として対等に接した。

この田島という役は、一人で農場を営む女性の救世主としても描けたし、武志という幼い子供に対して面倒見が良い父のようなキャラクターとしても描けただろう。
しかし、高倉健が演じた田島は性別・年齢関係なく人として対等に接する男だった。
多くの作品で見せる高倉健の芝居は、「男だから」「年上だから」という理由で偉ぶるようなそぶりは一切見られなかった。常に相手へのリスペクトを忘れない。そんな高倉健本人の信念が芝居ににじみ出ている気がする。

「遙かなる山の呼び声」
好評発売中DVD価格:3,080円(税込) 発売・販売元:松竹 ©1980 松竹株式会社

人として真摯に向き合う

そして、スクリーンの外でも高倉健の信念は語り継がれてきた。
2016年11月18日に毎日新聞で掲載された女優・三田佳子さんのインタビューでは、高倉健は三田さんのデビュー間もないころ「ミタヨ・オシッコ」とからかったという。時がたち日本映画の使節団として内モンゴルに行った時、白夜の中雄大な草原を2人で見ていたら、お互いよくここまで続けてきたなと三田さんは「涙がボロボロ出てきてた」と語っている。
お互い俳優という仕事になかなかなじめなく苦労した経験を理解し合う、同志のような仲間だった。
女優相手にもまるで小学生のようなやんちゃさと大きな優しさで向き合う姿は、役者として出会って人として通じ合う高倉健の人柄を想像させる。
俳優という肩書を忘れ、人として真摯に向き合う。
そんな高倉健の人柄を表す逸話は映画関係者のスタッフにも、彼のファンにも多く語り継がれていた。

SNSなど無かった時から、誰かが「高倉健ってスゲー優しんだよ!w」とツイートするわけでもなく、口頭で語り続けられたエピソードの数々が、高倉健という人物が人々の記憶の中で大きな思い出であり続けたことを感じさせる。
現代よりも更に俳優が神格化されていた時代に、近寄りがたい圧倒的なオーラを放ちながらも親しみやすさを感じさせてくれるスター・高倉健に、どれだけ多くの人がとりこになってきたのだろうか。
 

高倉健を推活しよう

現代を生きる私たちは、誰かの価値を目に見えるもので判断することが多くなった。
「あの子はフォロワーが10万人もいるから仲良くしよう」とか、SNS上の数字ばかりを気にして自分が誰と釣り合うのかを見定めている。何かの価値を判断する時は人の意見を気にすることが多くなった。「この映画はつまんないけど、バズってるから面白いっていうことなのか」と。
 
確かに高倉健がTik Tokでバズっているところなんて想像できないけど、これを読んでくれている私と同世代の人たちに高倉健の作品をぜひ一度見て欲しい。肩書を無くして人として真摯に向き合う高倉健の姿に沼ったら、その時はぜひ「高倉健かっけえ」とツイートしてくれたら嬉しい。

高倉健の推し活をするなら、もちろん公式Instagramは存在しないけど、205本もの映画の作品があります。
ぜひそれを見て私と一緒に高倉健を推しましょう。

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ライター
青山波月

青山波月

あおやま・ なつ 2001年9月4日埼玉県生まれ。立教大学現代心理学部映像身体学科卒業。
埼玉県立芸術総合高等学校舞台芸術科を卒業後、大学で映画・演劇・舞踊などを通して心理に及ぼす芸術表現について学んだ。
高校3年〜大学1年の間、フジテレビ「ワイドナショー」に10代代表のコメンテーター「ワイドナティーン」として出演。
21年より22年までガールズユニット「Merci Merci」として活動。
好きな映画作品は「溺れるナイフ」(山戸結希監督)「春の雪』(行定勲監督)「トワイライト~初恋~」(キャサリン・ハードウィック監督)
特技は、韓国語、日本舞踊、17年間続けているクラシックバレエ。
趣味はゾンビ映画観賞、韓国ドラマ観賞。

カメラマン
宮脇祐介

宮脇祐介

みやわき・ゆうすけ 福岡県出身、ひとシネマ総合プロデューサー。映画「手紙」「毎日かあさん」(実写/アニメ)「横道世之介」など毎日新聞連載作品を映像化。「日本沈没」「チア★ダン」「関ケ原」「糸」など多くの映画製作委員会に参加。朗読劇「島守の塔」企画・演出。追悼特別展「高倉健」を企画・運営し全国10カ所で巡回。趣味は東京にある福岡のお店を食べ歩くこと。

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