ひらいて ©綿矢りさ・新潮社/「ひらいて」製作委員会

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2021.10.21

この1本:ひらいて 制御不能な感情の発露

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

高校が舞台のラブストーリーなら掃いて捨てるほどあって、高校生やかつて高校生だった観客の胸をときめかせるが、まあだいたいは大人たちのそれらしい妄想か理想だろう。綿矢りさの小説を首藤凜監督が映画化したこの作品、キラキラ系とはほど遠く、恋心が暴走する。

高校生の愛(山田杏奈)はひそかに同じクラスのたとえ(作間龍斗)に思いを寄せているが、たとえには付き合っている相手がいるらしい。たとえの机にあった手紙を盗み読みして、その相手が美雪(芋生悠)だと知り、愛は美雪に近づく。友達のいなかった美雪は愛を素直に受け入れる。「好きな人の好きな人」を攻略して思いを成就しようという愛の作戦はしかし、思わぬ方向に進む。

三角関係の力学は、1人の異性をめぐって2人が争うのが常道だろうが、この映画のベクトルは錯綜(さくそう)して複雑怪奇。たとえとは手を握ったことしかない美雪が、愛に誘われて体を開き、愛も美雪に恋敵以上の感情を抱く。愛のたとえへの思いは募るのに、家庭の事情を抱えるたとえと、糖尿病の持病がある美雪の関係には、入り込む隙間(すきま)がない。

教室の狭い世界で、やむにやまれぬ感情を持て余す高校生たち。理性や常識の重しが利かず、制御不能になって自分でも何をしているのか分からない。10代特有の過激なまでの純粋さと無方向のエネルギーを、首藤監督はみずみずしく描き出した。
愛の独り相撲と空回りは、哀れで滑稽(こっけい)にも映るものの、よこしまで浅はかな悪者としては描かない。むしろ、やむにやまれぬ思いの発露を、いとおしむように見守る風情。したり顔の上から目線ではなく、かといってチャラチャラと粉飾されたファンタジーでもない。同じ高さの目線で描かれる、不可解で不条理な10代の恋に少なからず共感してしまうのである。2時間1分。東京・新宿ピカデリー、大阪・テアトル梅田ほか。(勝)

ここに注目

愛と美雪の言葉や表情、振る舞いにみずみずしい感性があふれ出す逸品。突拍子もない行動に出たり、暴力的な感情を爆発させたりする愛は、嫉妬や執着心の塊のように見えるが、どうしようもなくさまよう内面は青春の証しでもあり、今の時代にこれほど赤裸々に描かれるのはまれだ。一見、狭い世界に生きているように見える美雪には、傷ついている人をも包み込む柔らかさが漂い、何より生きる強さと人に愛を与える魅力が宿る。愛するがゆえの多面性を躊躇(ちゅうちょ)なく出し切り、前へ前へと駆ける疾走感が彼らの愛の道程を祝福している。(鈴)

技あり

岩永洋撮影監督の特徴は、積極的に現場の自然光を使うところだろう。朝、美雪が教室に入る時、上手から柔らかな外光が差し込む。朝の光に教室全体が包まれる雰囲気を巧みに作った。放課後、愛が階段の下にいるたとえに気づき、踊り場からわざとゴミ箱を落とし、話のきっかけを作る場面。強い外光のにじみを画(え)に入れ、後景が壁だけにならないようにした。学校ものは人の動きが激しく、何台もライトを使うと影の処理に追われるが、外から一発で照明できれば影も一つ。使いようで面白い画になる。よい表現をつかむ楽しさがある。(渡)