イ・スンウォン監督

イ・スンウォン監督

2022.5.04

先取り! 深掘り! 推しの韓流:「三姉妹」トップモデル、チャン・ユンジュの新しい顔

映画でも配信でも、魅力的な作品を次々と送り出す韓国。これから公開、あるいは配信中の映画、シリーズの見どころ、注目の俳優を紹介。強力作品を生み出す製作現場の裏話も、現地からお伝えします。熱心なファンはもちろん、これから見るという方に、ひとシネマが最新情報をお届けします。

勝田友巳

勝田友巳

先取り!深掘り!推しの韓流


妻キム・ソニョンと作った女性の映画 イ・スンウォン監督に聞く


ムン・ソリ、キム・ソニョンのベテラン俳優2人と、トップモデルのチャン・ユンジュが、問題だらけの姉妹を演じる「三姉妹」。韓国の家父長制社会が抱える問題を正面から、しかし笑いを交えて描き出した。キム・ソニョンの夫でもあるイ・スンウォン監督に聞いた。


「三姉妹」で長女ヒスクを演じるキム・ソニョン ©2020 Studio Up. All rights reserved
 

名優と新進を主人公にした、中年女性の物語

――近年の韓国には「はちどり」「チャンシルさんには福が多いね」など、女性監督によるインディペンデントの映画が、女性の生きにくさを巧みに描いています。男性の視点から女性を描くことに、不安はありませんでしたか。
 
以前から女性を主人公にした映画に関心がありました。ムン・ソリさん、キム・ソニョンさんと、すばらしい俳優と縁があり、中年女性を主人公にした意義のある映画を作れないかと考えて、姉妹の話を思いつきました。女性たちがどう生きてきたのか、現代とどうつながっているのかを問いかけたかったのです。

「三姉妹」レビュー 脚本にほれ込んだムン・ソリの究極の演技(佐藤結)はこちら。 


脚本を書くに当たって、特段取材はしませんでした。私は劇団も主宰しているのですが、普段から劇団員と話をする中で、女性がどう生きてきたか、どのような枠がはめられているかを考えました。
 
――三姉妹には弟がいて、実は彼が最も困難を抱えています。登場場面は少ないですが、この弟が抑圧された男性を象徴している。
 
その通りです。男性中心社会だった韓国では、生まれてくるのは男の子が望まれ、女性は冷遇されてきました。そしてそうした社会は、実は男性にとっても生きにくい社会なのです。「三姉妹」の中にも描きましたが、男の子は多くを求められ、親の期待に沿うように厳しく育てられます。男性の立場からも、どう生きるべきか悩むことになるのです。
 

「三姉妹」で三女ミオクを演じたチャン・ユンジュ(右) ©2020 Studio Up. All rights reserved.

セレブのイメージを覆す酒浸りの三女役

――三姉妹はそれぞれ問題を抱えていますが、三女のミオクは特に強烈でした。書けなくなった劇作家で、裕福な食品卸業者の後妻になったものの、毎日酒浸りで気性も激しく、夫の連れ子からも敬遠されている。演じているチャン・ユンジュは、「ベテラン」に続いてこれが映画2作目ですね。
 
チャン・ユンジュさんは、韓国ではモデルで華やかなセレブの印象が強いんです。この映画のオファーがあったのは演技について悩んでいた時期で、深い物語があるドラマへの出演依頼を喜ぶ半面、不安も大きかったようです。けれど、2人の先輩女優が「教えてあげるから」と背中を押してくれました。特にキム・ソニョンさんは、ひとつひとつコーチしてくれました。
 
観客は、ムン・ソリさんとキム・ソニョンさんの演技が上手なことは当然と思って期待していましたが、チャン・ユンジュさんがどれだけ演じられるのかと考えたと思います。しかし彼女は2人に負けない演技で演じきって、高い評価を得ました。彼女とキャラクターが出会って、新鮮なものが生まれたと思います。
 
――映画が扱うテーマはとても深刻ですが、映画は常にユーモアが感じられました。
 
私は、シリアスなだけのドラマは好きじゃないんです。常に笑いは必要だと思っています。しかも、内容がリアルであるほどブラックユーモアも入れるべきで、そうすることでシリアスな中にアイロニーが見いだせるようになるのです。シリアスな状況に人物を投げ込んで笑いを引き出すのが好きだし、観客を退屈させないことになります。シリアスと笑いを行ったり来たりすることで、無自覚な偏見を打破することにもなると考えています。
 

小規模映画が減っているのが残念

――大作感のある韓国の映画やドラマが、日本でも人気です。「三姉妹」は社会問題も提起して、少し経路が違いますね。
 
「三姉妹」は、韓国映画界では低予算の商業映画です。製作費は10億ウォン未満で、独立系のアート映画より少し多いですが、2021年に公開された商業映画では一番低かったのではないでしょうか。韓国の娯楽映画は世界に知られるようになりましたが、半面、小さい規模の映画は減っています。
 
個人的には、低予算のアート映画にこだわるつもりはなく、むしろ大衆に広く見てもらう作品を作りたい。といって単なる娯楽作、いわゆるポップコーンムービーを作る気はありません。笑いと深みがある、観客に考えてもらうような映画を、できれば大きな予算で作りたいです。
 
――こうしたテーマの作品は、韓国でも作りにくいのですか。
商業映画として製作するのは大変で、3、4年かかりました。残念ながら娯楽大作が重視されていますが、このくらいの規模の映画がもっと作られるべきだし、映画産業の基盤も安定すると思います。
 
韓国映画界では、シナリオが最優先されます。たいていは監督が脚本も書きますが、有名な監督でなくても、シナリオが斬新なら企画が通ります。「三姉妹」は、俳優がシナリオを高く評価してくれました。製作者側では、興行価値や物語の内容が気になっていたようです。俳優が出たいと思うような映画を作りたいですね。
 
――ご自身にも娘さんがいるそうですが、これからどのように生きていってほしいですか。
 
12歳の娘がいます。この映画のテーマにも通じますが、男性は本心をしっかりさらけ出すべきでしょう。男だから、父親だから、家長だからと、言いたいことを隠したり強がったりする傾向がありますが、それでは誰かが傷ついたり、悲しんだりする結果になる。過ちを認め、許しを求めるべきだと思います。娘には、たくさん遊んでやりたいことをしてもらいたいですね。父親として、隣で応援してあげたいです。
 
2022年6月17日公開。

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。