「午前4時にパリの夜は明ける」 © 2021 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA

「午前4時にパリの夜は明ける」 © 2021 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA

2023.4.21

この1本:「午前4時にパリの夜は明ける」 家族のほどよい距離感

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

1980年代初めのパリ。エリザベート(シャルロット・ゲンズブール)は夫と別れ、10代の2人の子供を1人で育てることになった。仕事を探すうちに自分が好きな深夜のラジオ番組でアシスタントの仕事を見つけ、働き始める。ある晩、聴取者参加コーナーに出演した家出少女タルラ(ノエ・アビタ)に行き場がないことを知り、家に連れて帰る。タルラはそのままとどまって、やがて家族の一員のように暮らし始めた。

不器用で頼りない母親のエリザベート、政治活動に熱心な長女のジュディット(メーガン・ノータム)と詩人を夢見る反抗期の長男マチアス(キト・レイヨンリシュテル)。それに、明るいがどこか影のあるタルラが織りなす、ささやかなエピソードを重ねていく。

大した事件が起きるわけではない。エリザベートは子供たちに手を焼き、生活に苦労しながらもラジオ局で生き生きと働き続ける。掛け持ちで勤める図書館で、新たな恋人とも出会った。マチアスは将来に迷い、時にエリザベートに反発しながら、タルラに心ひかれていく。ミッテラン大統領の誕生から数年間の世情を背景に、登場人物の成長と家族の移り変わりをサラサラと描く。

登場人物は弱さを隠さない。失敗してグチり、ベソをかく。一方で、自ら律する強さも持ち、べったりと甘えることもない。相手を思いやりつつ深入りせず、互いを受け入れ合う。タルラは突然姿を消し、数年後に再び家族の元に迷い込む。まるで野良猫のようだが、一家は助けを求められれば迎え入れ、去れば後を追うこともない。ほどよい距離感が心地よい。

さまざまな表情を見せるパリが、大事な登場人物の一人。明け方までの番組が終わり、エリザベートは明るくなりかけた町を歩く。アパートの部屋の大きな窓から、家並みを見下ろす。柔らかな光が、家族を包み込むように注いでいる。

携帯電話もインターネットもない時代、時間の流れは心なしか緩やかで、分断や絶望ではなく調和と希望が漂っている。ミカエル・アース監督のまなざしは温かく、見終わって少しいい気分になれる小品。1時間51分。東京・シネスイッチ銀座、大阪・シネ・リーブル梅田ほか。(勝)

ここに注目

悲しみを忘れるのでなく、抱えたままで新しい今を生きようとする者の足取りを見つめる感覚は、アース監督の前作「アマンダと僕」との共通点。ドラマチックに盛り上げることなく、ありふれた人生の中の痛みや希望を浮き彫りにする語り口と、ゲンズブールの少し頼りなく、ささやくような声の相性がとてもいい。母だって泣いていい、と伝えてくれているかのようにも感じた。自信なさげですぐに涙をにじませてしまうエリザベートだが、寄る辺ない少女に対しては当たり前のように手を差し伸べる強さがある。80年代のムードにも浸れる作品。(細)

技あり

セバスチャン・ブシュマン撮影監督はさまざまな映像素材を引用して織り込んだが、大変だったろう。フィルムやビデオの映像をデジタル映像とつなぐと、見て違和感を受ける。撮影するデジタルカメラのレンズに軟調用フィルターを付けてなじみがいい映像の流れを作り、観客のショックを軽減させようと工夫した。高く評価したいのは、無理をしてでも俳優の顔に照明を当て、映りよく見せていること。たとえば夜の屋上、ボケた街の灯を背景に座るマチアスとタルラ。アームの先に付けたライトを屋上から突き出し、顔の輪郭線をきれいに見せた。(渡)