「落下の解剖学」 ©LESFILMSPELLEAS_LESFILMSDEPIERRE

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2024.3.01

この1本:「落下の解剖学」 全編にみなぎるスリル

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

昨年のカンヌ国際映画祭でパルムドールに輝いたフランス映画だ。全米賞レースでも高評価を得て、アカデミー賞では5部門の候補に。仏グルノーブルの雪山での不審死事件をめぐるミステリー劇なのだが、全編に濃密なスリルがみなぎり、2時間32分の長尺もまったく苦にならない。

自宅の山荘近くの雪原で血を流して倒れていた中年男サミュエルを発見したのは、視覚障害を持つ11歳の息子ダニエル(ミロ・マシャド・グラネール)。警察の捜査の結果、ベストセラー作家で妻のサンドラ(ザンドラ・ヒュラー)が殺人罪で起訴される。

ここから真相究明の舞台は法廷に移るが、そこでの具体的かつ生々しいやりとりから目が離せない。検事は被害者が妻に殴られ、3階バルコニーから突き落とされたと主張。一方、弁護側は屋根裏部屋から身投げしたサミュエルが、物置に激突して死んだと自殺説を唱える。これが長編4作目のジュスティーヌ・トリエ監督は真っ向から対立する両陣営の論戦を、CG(コンピューターグラフィックス)による再現シミュレーション、人形を用いた実験映像を交えて描出。しかし現場に目撃者はおらず、決定的な物証もない。謎は深まるばかりだ。

そして中盤以降は夫婦の秘密が暴かれていく。人気作家として脚光を浴びる妻と、作家を志しながらも挫折した夫の微妙な関係性。仕事、子育て、家事の役割分担。バイセクシュアルであるサンドラの性遍歴。さらに夫婦は自分たちの私生活を、小説という虚構の題材にしていた。法廷には修羅場のごとき夫婦ゲンカの一部始終を記録した音声も流され、見る者は異様な緊迫感を体感しながら、絶えず想像力をかき立てられる。

かくして物理的な落下現象の検証から始まった本作は、登場人物の内面を〝解剖〟する人間ミステリーへと転じ、トリエ監督は「あなたの目にはどう映りましたか?」と問いかけてくる。真実を知る唯一の存在でありながら、決して心の奥底をのぞかせない主演女優ヒュラーの演技、精緻を極めた演出と脚本、いずれも卓越した一作である。東京・TOHOシネマズシャンテ、大阪・TOHOシネマズ梅田ほかで公開中。(諭)

ここに注目

真実を探る法廷劇というより、一組の夫婦の揺らぎを見つめたドラマとしての緊迫感が、エンディングまで失われない。トリエ監督はドキュメンタリータッチのカメラワークや音の設計で、人の心や関係性という他者が裁けないものを裁いていく物語に観客を引き込む。夫婦のパワーバランスを見ているうちに、自分の中の先入観が試されるような気まずい瞬間も。ヒュラーと息子を演じた子役の他、カンヌ映画祭パルムドッグ賞を受賞した愛犬も作品に欠かせない名演を見せる。(細)

技あり

シモン・ボーフィスが撮影監督。陪審席がある法廷は「アラバマ物語」(1962年)などからあまり変わらない。サンドラの保釈を決める法廷が、上部が赤く塗られた白壁なのがユニーク。本裁判では明るい茶色基調で、正面に裁判長、弁護人席と検事席は一段上がった両翼、被告席はさらに高く法廷を見下ろすのも独特だ。終盤、証人席のダニエルが淡々と、犬を獣医に連れて行く車中で、父が「悲しいことがあってもお前の人生は続く」と言ったのは、犬ではなく父のことだと後で気がついたと話す。赤の法服の検事との対比も狙いか。(渡)

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