毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2023.6.16
この1本:「アシスタント」 異常許す〝空気〟伝える
この映画の製作年は2019年だから、大物プロデューサーのハーベイ・ワインスタインによる性加害事件が明るみに出て間もなく、ニューヨーク・タイムズ紙の特ダネの内幕を描いた「SHE SAID/シー・セッド その名を暴け」(22年)よりも先。ハラスメントを許す〝空気〟を、ハラスメントの実際の場面はおろかその言葉すら出さずに、むしろ出さないことでリアルに伝えた。小品ながら骨太の一作。
ジェーン(ジュリア・ガーナー)はニューヨークにある映画製作会社の新米アシスタント。その1日の出来事を描く。早朝に出勤して取り組むのは、細々した雑用ばかり。有名大学を卒業してプロデューサーを志望し、高い倍率をくぐり抜けて職を得た。一番の新人だから雑用は仕方ないにしても、あまりに空疎。次のステップを上がるためと耐えるジェーンは感情を押し殺し、表情が消えている。
重役はじめ同僚たちにとってジェーンは風景の一部。その反映で、重役たちの会話はよく聞き取れず、会長は顔も映らない。それでもいわれのないことで電話で罵倒され、謝罪メールを送らされる。ジェーンの無表情とともに無機質な映像が、彼女の孤独と無為を描出する。
事務所に新しいアシスタントの女性が現れる。ジェーンが言われるままホテルに連れて行くと会長は姿を消し、面会も会議もすっぽかす。同じホテルにいるらしい。ジェーンは会長の部屋でイヤリングを見つけた。重役たちは会長の部屋のソファには座らないとジョークを言い合う。ジェーンは意を決して人事部に相談を持ちかけるが……。
誰もが強大な権力者の狼藉(ろうぜき)を承知しながら、報復を恐れて見ぬふりをする。安全弁のはずの人事部は有名無実。ハラスメントも業界の厳しい競争を勝ち上がるための通過儀礼、〝犠牲者〟だって女を利用しているではないか……。言葉にしない言い訳と正当化で異常さが常態化しているのは、米映画界だけではあるまい。ドキュメンタリー「ジョンベネ殺害事件の謎」のキティ・グリーン監督。1時間27分。東京・新宿シネマカリテ、大阪・シネ・リーブル梅田ほか。(勝)
技あり
「ジョンベネ殺害事件の謎」も撮ったマイケル・レイサム撮影監督の仕事。ジェーンが夜明けに出勤し、夜消灯して帰るまでを撮った。最初に渋い色を選び、映像の外景を決めたのが有効。彼女の衣装は露出部分の少ないオフピンクのハイネック、目に付くのは会長の注射器を捨てる赤いゴミ袋ぐらい。建物では、辞める気がないなら黙って働けと人事部で優しく脅かされた帰り、雪が降り出す仰角の赤レンガビルが目立つ。写角では荷物を開ける時や電話とマウスを同時に使う時の、真俯瞰(ふかん)像が面白い。廊下の隅で母親に電話する一瞬の安らぎに、彼女の「強さともろさ」を見せた。(渡)
ここに注目
性加害など多様なハラスメントを想定させるが、それ以前にジェーンの仕事ぶりに目を見張る。朝一番に出社、資料をコピーし、同僚のランチを買い、会長の妻の面倒な電話の相手も……。ドキュンメンタリー出身の監督は彼女の〝仕事ぶり〟と、置かれた状況を手際よく見せる。すっきりしない終わり方に、女性差別の根の深さや、声を上げられない閉鎖的な職場のシステムが際立つ。声高な場面はなく、当然のように状況を受け入れる人々に恐怖と圧力を感じる。自分がいる環境と同じ体験を見いだす人もいるだろう。(鈴)