ひとしねま

2023.6.09

チャートの裏側:多岐にわたる反応の行方は

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

「怪物」脚本家の坂元裕二氏が、カンヌ国際映画祭で脚本賞受賞の際、あるメッセージを発した。「たった1人の孤独な人のために書いた」。見逃せない発言だ。本作は、ある局面を違う視点で描く。その過程で、生きづらさをにじませる少年2人の交流が画面いっぱいに広がる。

発言の真意が2人の少年にあったのだと思う。「1人の孤独な人のために」向けた脚本家の思いは、この劇構成が必要だった。物語の深奥に、少年同士のひそやかなつながりがある。それがラスト近くに至り、前面に出てくる。カンヌは、この劇構成を高く評価したのだろう。

本来なら、作品は坂元氏の言葉通りに、ある特定の人に向けられていたと思う。それが受賞によって、作品が多くの人の目に触れるようになった。脚本家の思いが不特定多数の人にも広がった形だ。カンヌばかりの影響ではないにしても、この受け入れられ方は希有(けう)である。

とはいえ、この劇構成は別の作用も及ぼす。ほぼ3段階にわたる展開は、それぞれに移る過程で寸断をもたらす。だから、観客の反応も多岐にわたるのではないか。寸断で、作品の焦点を絞りきれない人も出てくると思われる。3日間の興行収入は3億3000万円。今後の興行では、カンヌ効果に、多岐にわたるだろう反応がどのように関係するか。興味津々である。(映画ジャーナリスト・大高宏雄)