毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2024.12.06
この1本:「クラブゼロ」 クセになる気味の悪さ
過ぎたるは及ばざるがごとし。大量消費を組み込まれたシステムは人間を汚染しているが、健康志向と環境保全への意識も、行きすぎるとろくなことがない。「リトル・ジョー」など、刺激的、挑発的な怪作を手がけてきたジェシカ・ハウスナー監督が「ハーメルンの笛吹き男」から着想したという毒気たっぷりの寓話(ぐうわ)的スリラーだ。
新任の栄養学の教師ノバク(ミア・ワシコウスカ)は、生徒たちに「意識的な食事」の重要性を説く。少量ずつゆっくり食べれば、食べる量を減らせる。健康にもいいし環境負荷も軽くなる。ノバクは校長にも受けがよく、生徒たちも心酔する。ところがその言動は次第に過激になり、「人間は食べなくても生きていける」と言い始め、自分は「クラブゼロ」なる組織の一員だと明かす。
ノバクを通して現代人の飽食を浮き彫りにしつつ、彼女のカルト教団のようなエセ科学的な理屈に洗脳されてしまう人々の右往左往も描き出す。ただの風刺劇にとどまらないのは、映画が奇妙な違和感に貫かれているからだ。ノバクは知的で柔和、言動は少しずつ常軌を逸していくのだが、冷静さはちっとも変わらない。生徒たちもその保護者も、ノバクに振り回されながら、声を荒らげることがない。その落ち着き払った態度が、かえって不気味になってくる。彼らはもっと取り乱すべきでは? いや、そう思うこちらがおかしいのか?
そして色。学校のレモンイエローの制服、教室のオリーブ色の床、ノバクのオレンジのポロシャツと赤いパンツ。明るくポップな色遣いは見た目にもきれいだが、物語にも学校にもなんだかそぐわない。さらに音楽。パーカッションや人声を強調した曲調は宗教的でも東洋的でもあって、美しいのにこれまた耳につく。すべてがほんの少しだけ、絶妙な案配でズレていて、作り物めいた気味の悪さが次第に強くなっていく。そのセンス、ミヒャエル・ハネケやヨルゴス・ランティモスといった監督に通じていて、きっとクセになる。食べ過ぎには、くれぐれもご注意を。1時間50分。東京・新宿武蔵野館、大阪・テアトル梅田ほか。(勝)
ここに注目
北欧のインテリアもポップな色味の制服も雑味がなく、反復されるサウンドデザインも含めて世界観が見事に統一されている。淡々とした描写で描かれる〝洗脳〟に説得力があり、見る側も静かに引き込まれていく怖さがあるスリラー。大げさな芝居とは無縁のワシコウスカも栄養学の教師に適役。ティーンのみならず、トンデモと呼ばれるものになぜ人がマインドコントロールされてしまうのか、考えさせられる。冒頭と最後に示されているように摂食障害に関する描写があるため、鑑賞する前には注意を。(細)
ここに注目
筆者がこれまで見たハウスナー監督の作品では、最もカラフルな映画だ。明るいイエローの制服を着た生徒たちが通う学校も、親と一緒に暮らす家も、洗練されたデザインで快適そう。ところが緩やかなテンポで進行する物語はかなり不穏で、薄ら寒い出来事も続発する。ノバク先生の極端な教えに盲従する生徒の奇行に目が行きがちだが、「ハーメルンの笛吹き男」を想起させる結末を見届けると、何が〝正常〟なのかわからなくなってくる。しびれ薬が混じった甘いケーキを食べさせられたような作品だ。(諭)