「DOGMANドッグマン」 © Photo Shanna Besson - 2023 – LBP – EuropaCorp – TF1 Films Production – All Rights Reserved.

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2024.3.08

この1本:「DOGMAN ドッグマン」 スター監督、会心の一作

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

1980年代初頭にフランスの新世代監督として脚光を浴び、「グラン・ブルー」「ニキータ」「レオン」で一世を風靡(ふうび)したリュック・ベッソン。2000年代以降は自らが設立した映画会社ヨーロッパ・コープで製作業務にいそしんできたスター監督は、幾多のヒット作を放つ一方、映画作家としての輝きを失っていった。失礼ながら筆者も「過去の人」と見なしていた一人だが、この新作には感嘆させられた。ベッソンの復活を告げる会心の一作である。

映画は米ニュージャージー州でダグラス(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)という不審人物が警察署に収監される場面から始まる。女装姿で傷を負い、トラックで十数匹の犬を運んでいたこの青年は何者なのか。精神科医との対話を通して、彼の奇妙な生い立ちが回想されていく。幼い頃に父と兄に虐げられて犬小屋に押し込められ、脊髄(せきずい)の損傷で車椅子での生活に。やがて養護施設を転々とした後、犬のシェルターを運営するが、生活苦ゆえにドラッグクイーンに転身し……。

ある家族が少年を犬小屋に監禁した実話に触発されたベッソンは、自由に想像力を膨らませ、少年の〝その後〟の物語を映像化した。酒場のステージでエディット・ピアフを歌って喝采を浴び、犬たちを自在に操ってギャング退治や泥棒作戦を実行。風貌からして「ジョーカー」を連想させるダグラスの数奇な人生はいかにも荒唐無稽(むけい)だが、それは傷だらけの孤独なアウトサイダーが、愛を求めて過酷な世界を生き抜く軌跡にほかならない。かつてベッソンが創造した不良娘ニキータや「レオン」のマチルダのように。

そのほかにも統率された犬たちが華麗に見せる集団アクションなど、独創性に富んだ見どころは尽きない。そして最も瞠目(どうもく)すべきは終盤、ダグラスがすべてを語り終えた後のシークエンスだ。ピアフの名曲「水に流して」が鳴り響き、宗教的なイメージを配したそのエンディングは、現実を超越した寓話(ぐうわ)性を獲得する。神秘的な深みをたたえたベッソンの新境地を称賛せずにいられない。1時間54分。東京・丸の内ピカデリー、大阪・T・ジョイ梅田ほか。(諭)

ここに注目

ダグラスの壮絶な少年時代やその後の愛を希求する姿、社会となじめない人生を強いられても人間性を失わない生き様に好感。あくの強いビジュアルや登場人物の造形がひたすら暴力的かつ濃厚なだけに、ダグラスの心象を引き出す精神科医との会話も含め、爽やかささえ漂う。ケイレブ・ランドリー・ジョーンズの表情の柔らかさもプラスに。それに比べ、犬が大活躍するアクション場面は、いかにご主人思いといえども優秀過ぎ。ベッソンらしいバイオレンスの影は薄く、ユーモアたっぷりで面食らった。(鈴)

技あり

コリン・ワンダースマンが撮影監督。短いカットを重ねる手法は、犬向きでもあった。話はダグラスと精神科医の切り返しから展開する。暗い場面が多いが、表情は見せる。山場の一つ、化粧鏡の前のダグラスが、報復のため襲撃してきたギャングと対決する場面。電灯を仕込んだ鏡の中の顔は明るいが、室内はほの暗く顔の輪郭だけ浮く。手間のかかる二重の人物ライトで作った。ギャングを犬が襲う瞬間、短く真上から俯瞰(ふかん)するが、これは「なくもがな」だ。全体のまとまりがいいのは修業10年の成果だろう。(渡)