「ドリーム・シナリオ」

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2024.11.22

この1本:「ドリーム・シナリオ」 小さな幸せのありか

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

アカデミー賞俳優であり、風変わりな役柄を好むニコラス・ケイジは、作品ごとに髪形などの風貌を変える怪優として名高い。そのケイジが頭をそって地味な中年男性になりきった本作は、〝夢〟をモチーフにした不条理ドラマ。奇想天外なストーリー展開と、米ゴールデングローブ賞にノミネートされたケイジの妙演に魅了される一作だ。

平凡な大学教授ポール(ケイジ)が、他人の夢の中に出没する奇怪な出来事が同時多発的に発生。一躍時の人になり、メディアの取材を受けたポールは困惑しつつ、自尊心をくすぐられて有頂天になっていく。ところが夢の中のポールが凶暴化したことで事態は一変し、行く先々で猛バッシングを浴びるはめに。

ポールは学者としてそれなりの地位を築き、家族や学生に優しく接する良心的な人物だ。しかし念願の著作をモノにできず、満たされない思いも抱えている。そんなちょっとした心理的危機にあるポールの天国と地獄を描く本作は、ネットを介して名声も悪評もあっという間に広まる現代社会の風刺劇と言えよう。

とはいえ、何より目を引くのは夢の描写そのものだ。中学生の娘や学生たちは災害に遭ったり、怪物に襲われたりする夢を見るが、そこに現れたポールは何もせず、ただ傍観するだけ。シュールで脈絡のない夢のイメージが超常現象のように波及し、現実世界では凡人であり続けるポールの人生を根底から揺るがしていく。とりわけ強烈なのは、ポール自身が見る悪夢だ。16㍉フィルムで撮られた秋景色の住宅街で、謎のハンターにつけ狙われるその場面には、心のよりどころを失った主人公の孤独と恐怖が凝縮されている。

前作「シック・オブ・マイセルフ」でもSNS(ネット交流サービス)時代の病理を扱ったノルウェーの新鋭監督クリストファー・ボルグリの北米進出作。スリラー、ファンタジー、そしてシニカルな喜劇でもある本作は、最終的にささやかな〝幸せ〟のありかを提示する。はたしてそれは現実か、はかない夢か。ケイジがまきちらす人間の滑稽(こっけい)さと悲哀ともども絶妙である。1時間42分。東京・新宿ピカデリー、大阪ステーションシティシネマほか。(諭)

ここに注目

現実社会では各地の選挙でSNSが結果を左右したり、英ガーディアン紙やベルリン国際映画祭がX(旧ツイッター)からの撤退を表明したりと、その影響力の大きさが改めて注目されている。主人公がSNSで暴走して怪物化した「シック・オブ・マイセルフ」も、SNSに振り回されたポールが散々な目に遭う本作も、風刺の鋭さにヒヤリとさせられた。「神は見返りを求める」(吉田恵輔監督)も秀作だった。政治を動かし、承認欲求と結びついて人を振り回すSNS、しばらく映画にネタを提供し続けそうだ。(勝)

ここに注目

他人が見た夢の話題は往々にしてつまらないものだが、悪夢をSNS社会への風刺と結びつけた視点がユニーク。しかもケイジが登場しまくる夢となると、面白くならないわけがない。自身もネット上でネタにされた苦い経験を持つ彼がこの題材にひかれたのは、必然かもしれない。自分ではどうにもできず、思いもよらない事態に直面したポールの困り顔のなかに、戸惑いや悲しみ、おびえなどいくつもの感情を巧みににじませたケイジの演技は絶品。信頼できる俳優であることを証明した一作とも言える。(細)

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