「ほかげ」 ©2023 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

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2023.11.24

この1本:「ほかげ」 戦争が残した闇描く

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

公開中の映画「ゴジラ−1.0」やNHK連続テレビ小説「ブギウギ」と同じ、終戦直後の日本が描かれている。しかし「ほかげ」が描くのは、戦争をやり直す男たちでも混乱をたくましく生きる女でもない。ようやく生き延びたものの深い傷を負い、戦争が終わってなお苦しむ人々である。「野火」で戦場の悲惨さに、「斬、」で殺人の恐怖に肉薄した塚本晋也監督が、戦争が残す闇に目を向けた。

2部構成の物語は簡潔だ。前半は焼け残った飲み屋の屋内劇。女(趣里)が1人、酒と自分の体を売って暮らしている。若い復員兵(河野宏紀)と戦災孤児の少年(塚尾桜雅)が頻繁に出入りするようになって、3人は家族のように暮らし始めた。しかしそれもつかの間、復員兵の暴走であっけなく崩壊する。

後半は一転、少年が別の復員兵のテキ屋(森山未來)の手伝いに雇われて、山中を歩くことになる。右腕が使えないテキ屋は、少年が隠し持つ拳銃を使って、ある目的を果たそうとしていた。

登場人物は、みな戦争の後遺症を抱えている。大切な人を失った女は孤独と絶望に沈み、元兵士たちは戦場の記憶にさいなまれる。少年も夜ごとうなされる。戦争という暴力が残した闇は、他者への暴力となって容易に噴出する。復員兵たちも、拳銃を手にした少年もその淵にある。登場人物は名前も与えられないけれど、そこにはきっと、あの時代にいたであろう庶民の姿が託されている。

日本映画で戦争を描くと大抵は、日本人は傷つけられ奪われた被害者として登場する。しかし日本軍は傷つけ奪う加害者でもあった。塚本監督はそうした側面にも目を向け、他者を傷つけることも闇を生むと描き出す。

その闇は画面も支配する。明かりの乏しい屋内はもちろん、後半の屋外ですら、労働力として売り払われる子供や精神を病んだ男を幽閉した座敷牢(ろう)に、不気味な影となって差し掛かる。「ブギウギ」で明るく歌う趣里は、ここでは暗い狂気を秘めた激しさを放出する。まさに戦後の光と影が交錯しているのである。1時間35分。東京・ユーロスペースほか。大阪・シネ・リーブル梅田(12月1日)など全国でも。(勝)

ここに注目

戦争は終わっていない。飲み屋で体を売る女も2人の復員兵も、被害と加害、絶望の暗闇の中で息も絶え絶えに生きている。戦争がもたらしたもの、その一部始終を孤児の子供が見る。塚本監督はあえて見せる。子供は敗戦後を生きてきた私たちでもある。目を見開いてしっかり見ろ、と言っているように感じた。ろうそくの光や闇市の音などが生み出す集中力が作品世界を刺激し構築する。元兵士が見る悪夢やとどろくように鳴り響く銃声は、叫びと祈りが交ざり合って現在に響く。趣里と塚尾はとりわけ圧巻。今年を代表する一本である。(鈴)

技あり

塚本監督が撮影監督も兼ねた。彼は子供の頃から8㍉で撮影していたそうだから、カメラになじんでいたのだろう。照明はともかく、画(え)はいいところがある。戦争孤児と飲み屋の女、2人とも同じぐらいの小顔で、画面内に顔が並んだ芝居ではすわりがいい。作り物では、窓外のがれきに残る水道栓がよくできていた。この焼け跡から、ハッとするような青空の実景につなぐ。少年がテキ屋の男と元上官の家の庭に潜み夜を待つ、時間経過のまだら雲の怪しさ。1発撃つごとに、戦友の名を叫びながら恨みを晴らす元兵士、力の強い画が説得力を持った。(渡)

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