「石がある」

「石がある」 ©inasato

2024.9.06

「石がある」 なんにも起きない豊かさ

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

東京から地方の町にやってきた若い女性(小川あん)が、あてどもなくこの町の名所を探している。親切な老人に車で駅に送ってもらったり、小学生とサッカーに興じたり。やがて彼女は川で水切り遊びをしている地元の青年(加納土)と出会う。

PFFアワード入選作「ブンデスリーガ」以来となる太田達成監督の長編第2作。友人との旅行中に石拾いをした経験に基づく作品とのことで、深刻な社会問題や人間の心の闇などが描かれるわけではない。主人公の見知らぬ男女は、お気に入りの石を見つけたり、川辺をのんびりと歩いたりするだけ。互いの身の上話どころか、名前さえ語らない。これで長編映画として成り立つのかと心配になるが、たった2人の登場人物と河原の風景を写し取った映像世界は、シンプルゆえのおおらかさ、豊かさに満ち、微妙な距離感を保つ男女の間に不意に生じる気まずさもスリリング。日暮れとともに画面ににじむ一抹の寂寥(せきりょう)感も魅力で、ラスト直前の列車の車窓からのショットも素晴らしい。1時間44分。東京・ヒューマントラストシネマ渋谷ほか。大阪・シネ・ヌーヴォ(21日から)など全国で順次公開。(諭)

ここに注目

こんな映画もありなのだ。男女が河原を歩くだけ。なんにも起きない。川べりの風景と、時間がたつにつれて日差しが傾き、光がちょっとずつ変わっていく。ありきたりのドラマなど期待せず、のんびりと画面に身を委ねれば、えも言われぬ豊かさが味わえる。唯一無二の映像体験。(勝)

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