「霧の淵」 ©2023“霧の淵”Nara International Film Festival

「霧の淵」 ©2023“霧の淵”Nara International Film Festival

2024.4.19

「霧の淵」 人の気配をなくしてしまった集落に生きる思い

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

奈良県奥吉野の山々に囲まれた川上村。旅館や商店などが軒を並べにぎわっていた時期もあったが、今は過疎化が進んでいる。イヒカ(三宅朱莉)は老舗旅館を営む家で育った12歳の少女。父良治(三浦誠己)は別居しているが、母の咲(水川あさみ)と祖父シゲ(堀田眞三)が旅館を切り盛りしている。しかし、シゲが突然姿を消してしまう。

なら国際映画祭が製作。誰も住んでいない家屋、ダムの底へと続く旧道、朽ち果てた映画館など、人の気配をなくしてしまった集落とその変遷を、ドキュメンタリー的なタッチで切り取った。かつて人々が暮らしていた痕跡からは、かすかな郷愁とともにわびしさと無常感も漂う。旅館には人と人とが近かった時代のぬくもりが残っているが、そことて盛んな往来があるとはいいがたい。旅館は廃業の危機に直面し、イヒカは将来の選択を迫られる。過去と決別し、未来を模索する時が来る。村瀬大智監督は満開の桜やダム湖の景観を対比的に見せ、土地と人のはかなさを丹念に写し取った。1時間23分。東京・TOHOシネマズシャンテほか。大阪・テアトル梅田(26日から)など全国でも順次公開。(鈴)

ここに注目

こだわりの古民家カフェを開く移住者やノスタルジーを味わいたい都会の若者にはきっと適した、でも何もない場所。自ら選んだのではなくそこで生きるシゲ、咲、イヒカという世代の違う3人それぞれのその地への思いが、景色を見る目や他人との接し方、細かな演技から伝わる。(久)

この記事の写真を見る

  • 「霧の淵」 ©2023“霧の淵”Nara International Film Festival
さらに写真を見る(合計1枚)