「 生きる LIVING」 ©Number 9 Films Living Limited.

「 生きる LIVING」 ©Number 9 Films Living Limited.

2023.3.31

この1本:「生きる LIVING」 普遍の命題にじむ希望

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

「人生の意味」は芸術表現の普遍的な主題だろうが、ここまで直截(ちょくせつ)なタイトルも珍しい。しかし優れた物語は青臭い命題もしみじみと考えさせてくれる。映画館の暗闇で浸るのにふさわしい良作だ。

1953年のロンドン。役所の市民課に新人ピーター(アレックス・シャープ)が着任した。課長のウィリアムズ(ビル・ナイ)はじめ同僚たちは、問題先送りが仕事のよう。広場の排水改善を陳情に来た女性たちの案内を命じられたピーターは、役所の中をたらい回しにされて市民課に戻り、書類は保留の棚に放置されてしまう。ある時ウィリアムズは余命半年と診断され、自分の人生の空虚さに気付く。かつての部下マーガレット(エイミー・ルー・ウッド)と再会し、人生を謳歌(おうか)する姿を見て、一念発起した。

黒澤明監督の「生きる」の英国版リメーク。黒澤と橋本忍、小国英雄の脚本をカズオ・イシグロが脚色、日本ではなじみがないが国際映画祭では常連のオリバー・ハーマナスが監督した。筋立てやエピソード、構成は黒澤版をほぼ踏襲。ただこちらの基調はリアリズムで、紳士然として感情を表に出さず人を寄せ付けないウィリアムズの苦悩を、ビル・ナイが抑えた演技でにじませる。役所の職員たちは山高帽にスーツ、声を抑えていかにも英国紳士然とし、陰影が濃く粒子の粗い映像で、50年代のロンドンの街並みや風俗を描き出す。

間をたっぷりと取り、叙情的な音楽を使って情感を盛りあげてゆく演出は時にけれんが目につくが、黒澤版を意識して力が入ったか。ただウィリアムズと息子夫婦の関係や役人気質は現代でもさもありなん。そして映画が訴える、人生を充実させるのは自分次第なのだというメッセージは、陳腐には見えずいささかも古びない。1時間43分。東京・TOHOシネマズ日比谷、大阪・TOHOシネマズ梅田ほか。(勝)

ここに注目

物語の展開や、死が迫ってきたことで生きることの意味と向き合う主人公の姿は黒澤明の「生きる」とほとんど同じ。しかし作品全体から受ける印象は異なる。脚本を手がけたカズオ・イシグロの筆致は穏やかで、抑制の利いたビル・ナイの芝居は見る者の胸に静かに染み込んでくるかのようだ。エイミー・ルー・ウッド演じる、はつらつとした元部下の女性とのエピソードもどこか軽やか。50年代のロンドンの街並みや衣装も素晴らしく、日本映画のリメークでありながら、イギリス映画としての見応えもある作品に仕上がっている。(細)

ここに注目

ストーリーはオリジナルに忠実だが、舞台設定や主演俳優のアプローチの違いによって、かなり印象の異なるリメークになった。狂気すら感じさせた志村喬のギラついた芝居と比べると、いかにも英国紳士然としたビル・ナイのたたずまいはずいぶん〝お上品〟に映る。しかし物語が進むにつれ、ウィリアムズのやるせない諦念と孤独をにじませていく演技が味わい深い。また、ウィリアムズの行動を見つめる若い役人の心情をすくい取っていることも本作の新味で、希望を感じさせるエンディングに作り手の明快な視点が感じられた。(諭)