毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
「あの歌を憶えている」 © DONDE QUEMA EL SOL S.A.P.I. DE C.V. 2023
2025.2.21
「あの歌を憶えている」 繊細なスリルと驚きに満ちたミシェル・フランコ監督の新境地
断酒会に通いながらソーシャルワーカーとして働き、ひとり娘を育てているシングルマザーのシルビア(ジェシカ・チャステイン)。高校の同窓会で出会った、若年性認知症を患うソール(ピーター・サースガード)の面倒を見ることになる。シルビアは彼と過ごす時間に安らぎを感じるようになるが、あるトラウマを抱えていた。
「或(あ)る終焉(しゅうえん)」などで知られるメキシコ人監督、ミシェル・フランコのもとで実力派のハリウッドスターが共演。記憶を消したい女と記憶を失う男が、今この瞬間をいとおしむようになっていく過程を繊細に体現している。なぜシルビアが他者と関わらず、殻に閉じこもるように生きているのか。過酷な過去が明かされていくが、ソールのドラマにもっと厚みがあればさらに余韻の残る再生の物語になったかもしれない。ニューヨークの風景や、「青い影」のメロディーがふたりに優しく寄り添っているかのよう。たやすく答えの出ない重い問いを投げかけてきた監督がラストにほのかな希望を描き、新境地を開拓していることは間違いない。1時間43分。東京・新宿ピカデリー、大阪・テアトル梅田ほか。(細)
ここに注目
登場人物を取り巻く状況がひたすら悪化し、最後で衝撃的な出来事が起こるのがフランコ監督の過去作の特徴だったが、新境地たる本作は違う。その半面、簡潔さを極めた語り口は健在で、物語の先行きはまったく読めない。豊かな感情が揺らぎ、繊細なスリルと驚きに満ちた映像世界に没入した。(諭)